第三八話「私は生贄の羊となったのだ」
私たちは一旦王都へと戻ると、すぐに陛下へ報告に馳せ参じた。サマエルさんとサタナキアさんが嫌がるので謁見の間ではなく、会議室に集まっている。大事な話なので、アンナは城のメイドさんに預かって貰っている。なんでもこの前シャムシエルと留守番をしていた時クリストフ第一王子殿下のご子息と仲良くなったそうなので、たぶん一緒に遊んでいることだろう。この騒動が片付いたら、妹がお世話になりましたと一度ご挨拶に行かなければなぁ。
「伝令から既に事の顛末は聞いている。復活は阻止出来なんだか」
「はい、申し訳ございません……」
「仕方あるまい。話を聞く限り、並の勇者や聖女では太刀打ち出来ぬ相手であったろうからな」
陛下には魔術による連絡で詳細な情報が伝わっているらしく、私たちが改めて説明する必要は無いらしい。
「古代悪魔サマエルよ、自らが封印に用いられていたというのにも関わらず、あの魔王に対して魔術を施しておいてくれたこと、改めて余からも礼を言わせて欲しい」
「まあねー、礼というならなんか欲しいけど。再封印されないように神国に掛け合ってくれるとかさ」
礼を尽くす陛下に対して、ふんぞり返りながらひらひらと手を動かして答えるサマエルさん。あまりに不敬な態度に、近衛兵の皆さんが顔を顰めているからやめてほしい。
「アレの再封印に悪魔を利用するなどということは、現代の価値観では許されぬ所業であろうが、一応伝えておこう。それとは別の礼も用意させておく。まぁ、この後を乗り切れればだがな」
「はいはい、期待してるよー」
「……して、その術はどの程度の時間効果がある?」
「そうだねー、あと一〇日ってとこかなー。いや、『獣』がアバドンの力で強化されてるから、もうちょっと短くなってるかも。魔術が弱体化されたとして……七、八日ってとこ? 保証は出来ないけどね」
「そうか、あまり猶予は無いな。……予定通り、近隣の村に避難指示を出しておけ」
「はっ!」
サマエルさんの話を受けて、陛下が近くの近衛兵さんに指示を出している。どうやら、前もって避難計画を立てていたらしい。
陛下は死霊術師である自分の末弟のアーデルベルトが今回の実行犯であることには薄々感づいていらしたらしく、三番目の封印解除先として『獣』の復活地点でもあるゲーベル沼を選ぶだろうということも予測されていたということだ。そこに投入されるという期待をされておきながら、私が阻止出来なかったのは無念の一言に尽きる。
「カナフェル大司教、カナン神国には連絡を?」
「はい、陛下。神術ですぐに連絡しました。ただ、向こうから天使の軍勢が届くのは……」
「……いくら天使が飛んでくるとは言え、早くても一ヶ月はかかるであろうな。それに、周辺諸国を納得させるのにも時間がかかる。天使の戦力は期待しない方がいいだろう」
天使の軍勢ってことは、御前の天使が率いる軍がやって来るということ? それだけ『獣』の復活は神国にとっても大事だということか。
でもセイレス神国、それもその首都はここから遥か北西にある。隣国のように易々と行き来できる訳ではないのだ。
「さて、我々にはあまりにも時間と情報が少ない。であるからして、この中で最も『獣』に詳しいらしい貴女へ話を伺いたいのだ、古代悪魔サタナキアよ」
「あら、わたくしをご指名?」
のんびりお茶を啜っていたサタナキアさんは、陛下に呼びかけられたにも関わらず「どうしようかしらね~」なんて長い髪の毛を弄り始めた。……他人事なんだろうなぁ、きっと。
何故サマエルさんに続きサタナキアさんまで大陸共通語を喋れるのか不思議だったんだけど、フロトー村を出発する前にサマエルさんが手渡していたリンゴのお陰らしい。〈知恵の実〉っていうサマエルさん独自の魔術による生成物なんだそうな。物質を生み出せる魔術って凄い。今度教えて貰おう。
ちなみにサタナキアさんには王都へ着いた時にすぐ着替えて貰っている。それでも結構露出が多い服なのだけれども、ちょっと動いただけでお胸が零れる前のよりはマシだ。
……と、そんな余計なことを考えていると、ちらっとサタナキアさんに横目で見られた?
「そうですわねぇ、リーファちゃんを一日自由にさせてくれるなら、いいですわよ?」
「……はい?」
私を、一日、自由に?
余りに突飛なお願いに、間抜けな声が出ちゃったよ。
「あ、あの? それはどのような……」
「もう、初心ですわね。そういう所が可愛くてたまりませんわ。オトナの遊びを教えて差し上げると申しておりますのよ」
頬杖をついて流し目を向けてくるサタナキアさん。あのー……、今の状況分かってます?
私は助けを求めるために母さんを見たけど、ちょっと困ったような顔はしているが口は出さないようだった。私の意思を尊重するのだろう。シャムシエルには――視線を逸らされた。後で覚えてろこのポンコツ天使。
「……うぅ、分かりました。わたくしで良ければ、お付き合いさせて頂きます……」
「あら嬉しい。約束ですわよ? 悪魔との契約を違えないでくださいまし」
正直逃げたいけど、後が怖いので逃げませんよ……。
◆ひとことふたこと
スケープゴートのゴートは山羊ですが、キリスト教では生贄と言ったら羊です。
山羊が生贄なのは古代ユダヤ教らしいです。へー。
アーダムスアプフェル、ドイツ語でアダムのリンゴ、つまり知恵の実、ということでルビを当てました。
サマエルはアダムとイブに知恵の実を食べるようそそのかした蛇と言われます。
そそのかしたのはサタンとも言われているので、サマエルとサタンは同一視されることもあるようです。
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