第三七話「うばわれた」
今のところルピアを食らったこと以外で『獣』は動かないけど、いつ暴れ出すか分からないので、私は急いで倒れている仲間を起こしていった。
「うぅ、身体中が痛い……」
「生きてるだけめっけもんよ、シャムシエル……」
シャムシエルとサマエルさんが痛みにのたうちまわってたけど、骨が折れているといったことはなさそうだったのは不幸中の幸いだ。
さて、ルピアに操られていたダークエルフのお姉さんは兎も角、近衛兵さんたちを起こしたところで、すやすや眠り続けるサタナキアさんらしきお姉さんを起こしにかかる。身じろぎするだけで大事なところが見えそうな服装なので、近衛兵さんたちには後ろを向いていてもらう。
「んん~……あら?」
「気が付かれましたか?」
私に揺り起こされたお姉さんは、チェリーピンクの瞳をぱちくりと瞬かせる。男だけでなく女も惑わせてしまうような、蠱惑的な瞳だ。
「わたくしはリーファと申します。貴女の封印が解けた所に居合わせた人間です。早速ですが、ここは危険、ですの、で……」
古代魔族語で経緯を簡単に説明していると、じぃっと見つめられた。かなり整った顔立ちなので緊張してしまう。
「あ、あの?」
「……好き」
「は? ――んむっ!」
いっ、いきなりキスされたっ! しかもなんか舌が入ってくるし! 近衛兵の皆さんからは「おぉっ」って声が上がってる……こらっ、見るなって言ったでしょ!
一分くらいそのまま唇を奪われてからやっと解放された。藻掻いて抜け出そうとするもがっちり抱き着かれホールドされていたので無理だった。あまりの出来事にへなへなと腰が抜けてしまう。
「うぅ、初めてでしたのに……」
「あら、光栄ですわ」
舌なめずりしているお姉さん。全く悪びれる様子が無い……。
「自己紹介が遅くなりましたわね、わたくしはサタナキア。天使たちの勝手な言い分により封印されていた、憐れな悪魔ですわ」
「ふつう、自己紹介が先でしょう……」
「あら、ということは、自己紹介が終わったのですからもっとしてもいいのですわよね?」
「ダメです!」
ころころと笑うサタナキアさん。悪魔ってみんなこんな自由なの?
「あら? サマちゃんじゃありませんこと? やっほー」
「やっほー、サタナキア姉さんも封印に使われてたんだねぇ」
二人の悪魔は楽しそうに手を振り合っている。どうやら知り合いだったらしい。サマエルさんに起こして貰えばよかった……。
「それで、『封印に使われてた』とはどのような意味なのです? わたくしは何かの封印に使われていたということですの?」
サタナキアさんが、うーん、と背伸びをしながら聞いてきたけど、その拍子にお胸が零れたので慌てて近衛兵の皆さんから見えないように隠す。あ、シャムシエルが羽織るものを持ってきてくれた。偉い。
「……はい、あちらに見えるのが封印されていた魔王です」
私はサタナキアさんの上半身に毛布を被せながら、『獣』に向かって指をさす。過激な衣装を隠された時ちょっと不満そうだった。露出狂かな?
サタナキアさんが『獣』をじっと見つめると、その瞳が険しくなった。
「あれは……、『獣』、ですわね。暴虐の限りを尽くす最悪の魔王。戯れに人類を食らい、天使を八つ裂きにし、悪魔すら捻り潰す大魔王。いえ、理性的ではないため、まさに獣と言うべき存在」
サタナキアさんもご存知の魔王だったらしい。声が震えているあたり、悪魔にとっても恐怖の存在なのだろう。
「動く気配が無いのは何故だろうな? 暴虐の限りを尽くす、と言う割には静かだが」
「そうなのですよね……」
シャムシエルの言う通りだ。封印が解けた後、動いたのはさっきルピアを食らった時だけ。あとはじっと佇んでいるだけだ。それはまるで――
「ふふーん、アレはねぇ、寝惚けているのさー」
「……は?」
サマエルさんが何か言いだしたぞ? 寝惚けている? いや、確かにそう見えるんだけどさ。
私が呆れの視線を向けていると、何故か得意気に胸を反らすサマエルさん。
「さて、リーファちゃん。アタシが古代遺跡で何をしてたか思い出せるかい?」
「古代遺跡で……? 眠っておられましたね」
「いやそこじゃねーよ。封印が解けて、下山する前のこと」
「下山する前……」
記憶を辿る、確かあの時、サマエルさんとの勝負に勝利し、下山することになり、シャムシエルがアンナを抱えて、その時……
「……そう言えば、何か封印に対して魔術を組んで……」
「せいかーい。たぶんアレが効いているのさ」
え? このお姉さん、復活する何者かに対して作用するように妨害魔術仕掛けてたってこと?
「サマエルさん、偉いです!」
「ふふーん、もっと言って?」
こ、これなら、なんとかなる気がするよ!
◆ひとこと
サタナキア(プート・サタナキア)という悪魔は聖書にも聖典にも出てきません。
グリモワールという後世の魔導書に登場します。
この世界では随分とエロい、女の子好きのお姉さんのようですが……?
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