第三六話「既にアイツはマトモじゃなかった」
「な……何を……する、アーデルベルト……」
プロディティオの手にした短剣の刃は、宰相の背後から腹部までを貫いていた。
「やっと出してくれたなぁ、その魔道具を」
ぐりっ、と刃が回され、宰相の口からごぼりと血が流れる。短剣を生やしたまま宰相はうつ伏せに倒れ、あっさりと事切れたようだった。
プロディティオは宰相が倒れる前に奪い取った魔道具のケースを開けると、中に入っていた針を迷わずへし折ってしまった。
「……それが無ければ、あの化け物を制御出来ないのではないのですか?」
「あぁ? その通りだが?」
私が絞り出した言葉にも、プロディティオは「それが何か?」といった風に答えた。
プロディティオはククッと含み笑いをすると、壊れた魔道具を投げ捨ててから、物言わぬ死体となった宰相へと視線を向ける。
「政だぁ? 外交だぁ? 知ったことじゃねぇよ。俺はただ、死霊術に魅入られたというだけで俺を放逐した王族に復讐したいだけだったからなぁ。自分が何故その対象で無いと思ったんだよ、ディートハルト兄上よぉ」
そう言い放ち、宰相の顔に蹴りを入れ続けるプロディティオ。
……コイツはもう、マトモじゃないんだ。
ひとしきり蹴りを入れた後、プロディティオはやり切ったような表情を浮かべ、「ルピア」と短く呼んだ。すると、彼の背後に紫色の女性の霊体が出現した。これがルピアの本体なのだろう。
「さあルピア、最後の仕事だ。俺の中に入れ」
「畏まりました、主君よ」
ルピアが答え、プロディティオの身体へと憑依する。一人の死霊術師だった男は、強大な魔力を持つ存在へと変わった。
「……一体、何をするおつもりですか?」
私の質問にも答えることなく、プロディティオとなったルピアは『獣』の方へと歩いていく。
「……我が主君は、志半ばで倒れた私という死霊に、絶望しか無いこの世界への復讐という機会をくれたのだ。そのご恩に報いるためならば、魂すらも差し出そう」
そして『獣』の手が届くところまでたどり着くと、大きく諸手を振り上げた。
「さあ、いつまで寝惚けている、『獣』よ! 私を食らい、この強大な魔力をその身に宿せ! そして世界を蹂躙することが、私と、そして主君の大願となる!」
『獣』に自分を食わせて、より強力な存在にするということ?
食らわれた自分は、その結末を見ることが叶わないのに。
「……狂ってる……」
七つの口のうちの一つにルピアを摘み上げて放り込んだ『獣』を見ながら、私はそう呟くしかなかった。
◆ひとこと
【悲報】宰相、咬ませ犬ですらなかった
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次回は明日21時半頃に更新予定です!