第三二話「私は同じ手を食らっても同じ結果にはしない」
「聖霊よ、異端なる力の行使を止めよ、〈神域〉」
広範囲で魔力の術式を組み上げられなくなる結界を張る。これで神術以外は行使できまい。
「クカッ、魔術禁止の結界か、これはこれは困った!」
プロディティオは全く困っていないような様子で、愉快そうに笑っている。何か奥の手でもあるのか? ……と思ったら、プロディティオと槍使いは近づいた近衛兵にあっさり捕えられた。
「……随分あっさりと諦めるのですね?」
「そうだねぇ~、抵抗は無駄だと思ったからさぁ」
そんな訳が無い。何かを隠しているのだろう。
「んー……」
弓に矢を番えているサマエルさんが、何か身じろぎをしている。私を守るシャムシエルも、何処か落ち着かない様子だ。
「二人とも、どうし――」
声を掛けようとした瞬間――なっ!? 近衛兵の皆さんがまるで毒にでもやられたようにばたばたと倒れ始めた!?
「み、皆さん、大丈夫ですか!?」
「おやおやぁ? どいつもこいつも働きすぎでお疲れかぁ? ちゃんとお休みは取らないといけないぞぉ、クカッ!」
プロディティオは自分を拘束していた近衛兵さんたちを引き剥がし、その身体を楽しそうに蹴飛ばしている。しかし一々癇に障る煽り方をしてくる。これならサマエルさんの煽りが可愛いものだ。
「だ、だめだ、リーファちゃん、ちょっとタンマ」
「わ、私も……くっ、いったい……何が……」
サマエルさんとシャムシエルまで、具合が悪そうに膝をつき始める。これは、まさか――
「……魔力を吸っているのですか!」
「クカカッ、正解だよぉ! ご丁寧に一度見たトラップに引っかかるなんて馬鹿な奴等だぁ。村に放った死霊にもわざわざ兵を割いてくれたしなぁ!」
シュパン村で使った罠を、ここにも仕掛けたということか。ということであれば恐らく、彼らの背後に仕掛けてあるのだろうけど……無事なのが私だけでは近づけない。
しかしフロトー村の死霊騒ぎは、やっぱりコイツの仕業だったか。ということは、死霊術師なのだろう。
「しっかし聖女様は流石にタフだなぁ? どれだけ魔力を吸えるか楽しみだぜぇ?」
ニタニタと余裕を見せているプロディティオだけど、私だって手が無い訳では無い。あれは魔術で構成された罠だったから、きっとこの手を使えば。
私は展開している〈神域〉の術式の効果範囲を、可能な限り広げた。二〇メートル、三〇メートル……。
「む、主君、魔力の供給が絶たれました」
初めてダークエルフの槍使いが喋った。主君、と言ったか。
「なんだと? ――チッ、結界を広げたか、流石聖女様だな。だが一度吸い取られた魔力は戻らないぞぉ?」
そうなのだ。一度吸われた魔力は戻らない。その証拠に近衛兵の皆さんは倒れたままで、シャムシエルとサマエルさんも未だに膝をつき苦しんでいる。
「それだけ結界を広く維持したまま、一人で戦えるかな? ルピア、槍を持て」
プロディティオは懐から短剣を取り出し、ルピアと呼ばれたダークエルフはゆっくりと槍を構える。肉弾戦に持ち込む気か。それにやっぱりこの槍使いはルピアだった。つまり、あの死霊はこの男に仕えているということになる。
動けるのは私だけ、そして私は神術を維持したまま、ということになるけど――
「……貴方がたこそ、聖女であるわたくしを侮りすぎではありませんか?」
確かに、私一人で神術を行使したまま二人と肉弾戦をするのは無理があるだろう。でも甘く見て貰っては困る。
術式の複数展開くらい魔術師の私にはお手の物なんだよ!
「主よ、どうかその栄光で地を満たし給え、〈聖なるかな〉!」
奇跡の術式により、辺りに神気が降り注ぐ。
「な……にっ!?」
神気を受けて、倒れていた近衛兵の皆さんが次々と立ち上がる。まだ調子は悪そうだけど、目の前の状況を確認するとすぐに剣を構え始めた。想定外の事態に、プロディティオが驚愕を浮かべている。
「助かったぞ、リーファ! ……まったく、使うなと言っておいたのに」
「この程度ならば大丈夫ですよ、きっと」
シャムシエルも元気になった模様。サマエルさんは……と? よろめいている。まさか悪魔には神気じゃダメだった?
「うぇー、神気が苦い……」
……悪魔にとっては苦いんだ、神気って。
◆ひとこと
サンクトゥスもラテン語ですね。英語で言えばHoly。
奇跡の単語や詠唱は一部レクイエムの一節から持ってきていたりします。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!