第三一話「何処に在るかも分からない封印を守る簡単なお仕事」
鬱蒼と生い茂る背の高い雑草、飛び交う大型の羽虫。
曇天と言うこともあり、ゲーベル沼はおどろおどろしい雰囲気に包まれていた。
「ここが、古代悪魔サタナキアが封印されているゲーベル沼です」
「案内を頂きありがとうございます、ギュンター様。それにしても、雑草で視界が悪いですね」
「はい。定期的に兵が刈り取ってはいるのですが、すぐに生えてきてしまいますね」
うーん、そうなのか。だとすると私とサマエルさんは魔力を探知出来るけれども、シャムシエルと近衛兵の皆さんはそうもいかないから厄介だな。
沼の水の透明度は低く、水面からはとてもじゃないけど底を見通せない。何か魚が泳いでいるらしいことが分かるくらいだ。
「さて……、封印はどちらにあるのでしょう?」
ギュンターさんに聞いてみたけど……おや? かぶりを振っている。どういうことだ。
「分からぬのです」
「え? それはどういう……」
「ここに封印がある、ということしか分かっておりません」
え、えぇぇ……、そんなことってある? 調べればすぐ分かるでしょうに……と思ったけど、神の奇跡で封じられているから〈魔力探知〉じゃ引っかからないのか。
「サマエルさんは封印の場所を感知出来たりしませんか?」
「無茶言わないでよー。神様の奇跡だとアタシでもわかんないってばー」
ぐぬぬ、そうか。もしかしなくても沼の底かも知れないけど、潜る訳にもいかないんだよねぇ。水中で呼吸出来るようになる魔術もあるけど、汚いし何より泥にはまったりしたら死を意味する。
私が奇跡を行使すれば分かるだろうけど、封印にどんな影響があるか分からないリスクのある手段を使う場面でも無いような気はする。むぅ、どうしたものか。
「リーファ、封印の場所を知ることにそれほど意味は無いのではないか? 要は相手から封印を守ることが肝要だ」
「……それもそうですね」
冴えているねシャムシエル。だったらやることは一つだ。守るためには敵を探そう。
「その流れを我に映せ、〈魔力探知〉」
普段より精密な術式を意識し、〈魔力探知〉を組み上げる。これがあれば、古代悪魔を吸収したような存在が居ればすぐに――
「これは……! 沼の南方向に居ます!」
すぐに見つかった。私たちの背後から堂々と近づく強大な反応。しかし、それと一緒に動く小さな反応もある。
私たちが振り返って見たそこには、ダークエルフの女槍使いを従えた黒ずくめの男が悠然と立っていた。
しかしマズいな。左右と背後は沼に囲まれている。逃げ道を塞がれてしまったか。
「おやおやぁ、見つかってしまったか。まったく、魔術が使える聖女とは、厄介なものだよ」
誰だ? 初めて見る顔だ。強大な力を持っているダークエルフは恐らくルピアだろうけど、この男には憶えが無い。
なんというか根暗そうで、それでいて人を見下したような視線を向けてくる、見ていて気分の悪くなる男だ。
「貴様は……!」
ギュンターさんを始めとする近衛兵の皆さんが、男を見て驚愕に目を見開いている。となると、城に関わる人物?
「ギュンター様、あの男性は何者ですか?」
「……国王陛下と宰相閣下の弟君、だった人物です」
「……だった?」
「今は放逐され、王侯貴族としての位を失くしています。名はアーデルベルト」
そういうことか、となれば話がだんだん見えてきた。この男は王族への恨みで動いている、といったあたりか。
「いやいや、その名はもう捨てたよ。今の名はプロディティオだ。しっかし、俺の行く先を的確に当てて聖女を派遣してくるとは、ブルクハルト兄上も勘の鋭いお方だぁ。しかも、王弟派の息がかかっていない聖女をなぁ」
「その物言いは、貴方が王弟派と関係があると仰っているようなものですよ」
「実際そうだからなぁ、聖女様よぉ。ディートハルト兄上は俺のパトロンだし?」
あっさり宰相と繋がりがあると喋ったよ。大方あの宰相は混乱に乗じて実権を握ることでも考えているんだろう。生憎と王弟派の勇者と聖女は、国王派とペアで別の封印へと派遣されている。万が一裏切っても対応出来るようにだ。
それにしても全く、ベラベラとよく喋る。それだけこちらを舐めてくれているのだろうけど。まぁいい、侮っているのならばそれが隙になる。
「聖女様、問答は無用かと。捕えた後に尋問しましょう」
「そうですね、では参りましょう」
ギュンターさんの合図で、近衛兵の皆さんが剣を構えてじりじりとプロディティオに近づく。私の役目はそのサポートだ。
私も長杖を力強く握り、神術を行使すべく術式の構築に入った。
◆ひとこと
根暗とネクロマンサーを掛けました(おい
まぁ死霊術師なんてやってりゃ放逐もされますよね。
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