第三〇話「思いがけぬ出来事が待っていても任務は待ってくれない」
前回よりかなり短い旅程で、私たちは目的地であるフロトー村に辿り着いた。いや、正確には近くの封印の地が目的地なんだけどね。ここを二次拠点にしようということになったのだ。
「……村人の姿が見当たらないな」
「そういえば……」
シャムシエルの言葉で気付いた。シュパン村のような長閑な雰囲気なんだけど、村人の姿が無い。まさか、既に魔力を吸われている?
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
近くの民家を尋ねて戸を叩く。程なくしてゆっくりと戸が引き開けられ、二〇代後半くらいの女性が顔を出した。魔力を吸われたのではないかという懸念は、どうやら杞憂だったようだ。
「ど、どちら様ですか? それに、あの馬車と兵士は……?」
「突然申し訳ございません、わたくしは王都より参りましたリーファと申します。暫くこの村に滞在させて頂くため、まずはお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「王都から……? は、はぁ……」
女性は何かを恐れているような様子で曖昧な返事をしている。兵士の姿が見えるから怯えているんだろうか。
「あの……、もしかして、化け物を退治しに来てくれたんですか?」
「……化け物?」
私は予想外の単語に、思わず鸚鵡返しをするしか無かったのだった。
「なるほど、村人の姿が見えないのはそういうことでしたか。先程化け物が現れたと」
目の前で頷いているのは今回の近衛兵さんたちを纏めている若い隊長、ギュンターさんだ。理知的な印象の顔立ちで、長身なのが羨ましい。
「どのような化け物かは伺われたのでしょうか?」
「はい、それが、その……」
「……如何なさいました、聖女様?」
どのような、と問われて答えに窮してしまう。だって、ねぇ……。
「それが、目撃した人からの姿が一致しないようなのです。ある人は四つ足の大きな獣、ある人は巨人、ある人はすすり泣く女性、などなど……」
あ、シャムシエルが代わりに答えてくれた。
話を聞く限りじゃ、それらは彷徨っているだけで直接害を与えないらしいのだけれども、流石にそんなのを見たら恐れて外には出歩けなくなってしまうよねぇ。
「聖女様、これは例の死霊の仕業と見て良いのでしょうか?」
「分かりません。死霊が死霊を呼ぶことも無いことは無いのですが……。とは言え、放置しておくことも出来ませんね」
「しかし、聖女様には王命が御座います。封印の地へ赴いて頂かねば」
「そうなのですが……」
まぁ、陛下からの頼みであって命令ではないんだけどね。でも近衛兵さんたちの前でそれを無視する訳にもいかない。
そうなると、気は進まないけど手は一つしか無い。
「部隊を分けるしか無いわねぇ」
「……お母様、こちらはお願いできますか?」
「構わないわよ~。魔術が使える私とリーファちゃんは別々に行動した方がいいものねぇ~」
師匠が見ていてくれるなら千人力だ。アンナを戦地に連れて行く訳にもいかないし、ここで村と一緒に守って貰おう。
その後部隊分けを行い、師匠、アンナ、近衛兵さんたちの半分が村に残り、私、シャムシエル、サマエルさん、ギュンターさん含む残りの近衛兵さんたちが封印の地へと向かうことになった。
「おねえちゃん、きをつけてね?」
「ありがとう、アンナ。行ってきます」
手を振るアンナに手を振り返し、私たちは封印の地であるゲーベル沼へと向かうことにした。
◆ひとこと
ギュンターさんは若くして隊長を務めていますね。
この国は年功序列で判断したりはしないようです。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!