第三話「幼女に話しかけるときはご注意を」
さて、明日の朝食に使う森の恵みを摘み取りながら、僕はシャムシエルを連れて山の麓へとやって来た。そろそろ夕方に差し掛かっている所だしあまり長居は出来ないけど、ちょっと休憩するかな。
そんなことを考え抱えていた籠を置こうとした僕は、突然腕を引っ張られて木陰に収まった。そして唇にシャムシエルの人差し指が押し当てられる。
「んむっ?」
シャムシエルが自分の口にもう片方の人差し指を当て、顔を近づけた。どうやら「声を出すな」ってことらしい。
そしてその指を、くいっと僕の右側へと向ける。あれは――
「……魔族だね、紅魔族」
そこにはかつて天使族が悪魔の末裔として扱っていた魔族の姿があった。頭には一対のくるんと丸い羊の角、背中にはやや赤い蝙蝠の羽、お尻からは先端が槍のように特徴的な形をしている尻尾を持ち、燃えるような緋色のショートヘアを揺らす、黒い粗末なワンピースを着た五歳くらいの痩せぎすの少女が何やら山の方角を睨みつけている。手には短槍を携えており、それが彼女の獲物だということは分かった。
しかし、何というか……何だろう? 存在が朧気というか、発している魔力がはっきりしない子だな。
「幼い魔族の子が、槍を持ってあんな場所で何してるんだろ」
「……分からんが、何かきな臭いものは感じるな」
僕らは気取られないようにひそひそと小声でそうやり取りする。昔の価値観を引きずるシャムシエルだけじゃなく、僕もそう思う。とは言え取り敢えず話を聞いてみないと分からないんじゃないかなぁ。
「君、そこで何してるの?」
天使の制止を振り切り木陰から這い出してそう声を掛けると、魔族の少女は驚いたのか尻尾をぴーんと伸ばしこちらを振り返った。ちょっときつめの印象を受けるけれども可愛らしい顔立ちをしている。
「誰だ、オマエ」
年相応の可愛らしい声に、険のある口調で誰何された。顔には警戒心がありありと浮き出ている。
「僕はリーファ、ここの森に住んでる人間だよ。君は?」
「……ルピアだ。それとさっきの質問だが、別に何もしておらん」
うーん、声こそ幼いけど、喋り方が随分老成しているな。
「山を見ていたよね? 遺跡が気になるの?」
「………………」
ありゃ、図星を突かれたのか沈黙しちゃった。
先程この子が見ていた先にある名も無き小さな山の中腹には古代遺跡が存在している。と言ってもよく聞くような大きな迷宮とかではなく、山の斜面に突き刺さった古代遺物が存在しているだけのような地味な遺跡だ。いったい何の遺物なのか僕は知らないけど、もしかしたら師匠は知っているのかも。
「良ければ案内しようか? って言っても、迷うような場所には無いけど――」
「要らん、死ね」
「うわっと!?」
友好的に話しかけてたつもりだったけど、いきなり隠していた短剣を投げつけられ、間一髪のところで躱した。あ、あぶなっ! 槍にばかり気を取られていたらやられてた!
「ふっ――」
短く息を吐きだし、ルピアは短槍で追撃を繰り出してくる。幼いながら確実に急所を狙う巧みな槍術だ。こんな幼いのに、どれだけ訓練されているのやら。
でも、狙いが分かるからこそ単純であり、僕は手にした長杖でそれをいなしていく。師匠の剣術を相手することに比べれば、まだまだ余裕がある。
とは言え、この状態では流石に魔術を行使することも出来ない。どうしたものか。
「オマエ、ただの神官じゃないな、何者だ?」
え? あー、今の僕は魔術師ではなく神官に見えるのか。そりゃ白いワンピースと神聖儀礼用の長杖を身に着けていればそう見えるか。
でも攻撃を受けているのに、ご丁寧にこちらの身分を明かすつもりも無い。さて、何と答えますかね。
「どうした、黙ってないで――」
「はぁっ!」
槍を躱しながら考え事をしていたら、気合の一声、そして甲高い金属音と共に目の前の短槍が上空へと弾き飛ばされた。槍は弧を描き、近くの茂みに突き刺さる。
「……天使、何処に隠れていた」
「そこの木陰に。さて、貴様の目的は何なのか、話してもらうとするか」
どうやらシャムシエルの剣が槍を弾き飛ばしたらしい。問答無用でルピアを殺したりしなくて良かった。魔族に対する心の整理がついているかどうかは分からないけど。
二対一で武器を失い、喉元に剣を突きつけられている絶望的な状況となり、ルピアは舌打ちをしながら諸手を上げた。
◆ひとこと
ロートトイフェルというのはドイツ語です。赤い悪魔。まんまや。
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次回は本日21時半頃に更新予定です!