第二七話「これからのことも気になるけど母さんが一体何をしでかしたのかも気になる」
「ほわぁぁぁ、おうじょう、すごい……」
私と手を繋いだアンナは何処までも続く豪奢な廊下に圧倒され、ぽかんと口を開けたまま歩いている。城門を通った時もホールを通った時もまったく同じ反応だった。可愛すぎる反応で困る。
私、アンナ、母さん、シャムシエルの四名は若い近衛兵さんの案内で王城の廊下を歩いていた。サマエルさんは「人間相手にへりくだるなんて勘弁」と言って、母さんにお小遣いを貰って城下町に繰り出していった。相変わらず自由なお方だ。
「この先は謁見の間への通路となる。魔術師アナスタシア、魔術師リーファ、以上二名以外は通ることを許さぬ」
大司教猊下の文により私と母さんだけ国王陛下との謁見を許されているため、アンナとシャムシエルとはいったんここでお別れだ。
私はアンナから手を離すと、しゃがんで目線を合わせる。
「アンナ、これからお姉ちゃんはお母さんと一緒に用事があります。シャムシエルお姉ちゃんと一緒に良い子で待っていられますね?」
「うん……ぜったいにもどってきてね?」
「はい、すぐに戻ります。約束ですよ。シャムシエル、アンナをお願いします」
「承知した、そちらも頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
しかし、通り過ぎる近衛兵さん方のうち、年配の方々の反応が気になった。なんか母さんを見て慄いていたというか……。
「それじゃリーファちゃん、行きましょうか」
「え、あ、はい」
おっとっと、気が逸れていた。しっかりしないと。
これから私は、陛下にお願いをするために戦わなければならないのだから。
「面を上げよ」
国王陛下の一言で、跪いていた私は顔を上げ、陛下のご尊顔を初めて拝見することとなった。
このお方がエーデルブルート王国の首長、ブルクハルト・ブラウアー・フォン・エーデルブルート国王陛下か。髪の色こそ白髪が混ざっているけど、私が思っていたよりもずっと若々しく、身体つきもがっちりしたお方だ。
そして王の隣に控えているお方が、国王陛下の弟君であり宰相でもあるディートハルト・レヒナー・フォン・ライゼンハイマー大公閣下か。たぶんこの人の配下が、私を拐かし奴隷の身分に落とそうとしたんだろう。それをこの人が知っているとは限らないけど。
「其方がリーファか。なるほど、麗しき乙女だ。シュパン村の民と近隣の古代遺跡を守っていた兵士たちを救ってくれたこと、感謝する」
「勿体無きお言葉に御座います、陛下」
すらすらと私の口から慣れない言葉が出てくる。何度も受け答えの練習をしたので、この回答も間違っていない筈だ。
「そして、先のリーフェンシュタール侯爵家における其方の誘拐事件についても聞き及んでおる。其方が無事に戻り、こうして感謝の意を伝えられたことを嬉しく思う」
「はい、わたくしもこうして無事に拝謁の機会を賜りましたこと、嬉しく思います」
「余はカナフェル大司教からの文を受け取り、初めてその大事を知ったのだ。余の耳に入れたくない奴等が居るようでな……」
そう言って、陛下はちらりと隣の宰相を窺う。あくまで彼は涼しい顔をしているけど、図星なんだろうねぇ。ということはやっぱりこの人、私の誘拐事件を知っていたのか。
陛下は小さく鼻を鳴らすと、私ではなく母さんの方に視線を向けた。
「久しいな、アナスタシア」
「はい、陛下もご壮健のようで何よりです。やんちゃをなさっていた頃の陛下が懐かしいですねぇ。いえ、当時は王太子殿下でしたか」
「それは言うな、余も昔の記憶を封印したいくらいだ。だが其方の更生あってこうして民を導く立場となれた、感謝しているぞ」
「勿体無きお言葉に御座います~」
え?
か、母さん、ここで何してたの? そして国王陛下に何をしたの!?
陛下はククッと笑い、目を丸くしている私へと再び視線を向けた。
「其方は良い母親を持ったな。ここまで強く、器の広い女はそう居ないぞ?」
「……はい、自慢の母で御座います」
それは本心だ。三歳の頃に内乱中のイールセンで実の両親を亡くし、飢えて死にそうだった所を助けてくれて、一二年もの間変わらず母親として愛情を注いでくれたのだ。その上アンナまで引き取ったし、器が広いとはまさにこのことだろう。
「さて……、本題に入るか。カナフェル大司教からは、其方が聖女として認められるよう、余から後押ししてほしいとの事だったが。順番が逆ではあるがな」
そう、順番が逆だ。
国の聖女として認められるには、王侯貴族の後押しにより教会へ推薦されることが通常の流れらしい。けれど、私は先に教会から認められてしまった。
即ち今の私は国の聖女ではない。ただのカナン教の聖女でしかなく、これではまた私という聖女を国王派と王弟派で取り合うことになってしまう。
「はい、僭越ながら陛下にわたくしを聖女として認めて頂きたく存じます。わたくしの存在で、また血が流れるようなことがあってはなりませんので」
「……なるほどな」
失礼を承知で私が釘を刺したことに陛下も気づいたらしく、苦々しい表情を浮かべた。陛下が望む望まぬに関わらず、配下の者たちで争いは起きてしまう。だから私は、「トップの貴方が責任を持って収拾をつけてくださいね」と暗に陛下へ申し上げているのだ。
勿論王弟派の貴族や目の前の宰相に頼むことだって出来るけど、一度でも私を陥れた人たちに頼むのは生理的に無理だし、侯爵家の面子も潰してしまう。だからこうして大司教経由で国王派のトップにお願いをしている次第なのである。
陛下は大きく溜息を吐くと、「書の用意をしておけ」と近くの兵に声を掛けた。
「よかろう、其方をエーデルブルート王国の聖女の一人として認めよう。今は大教会に滞在中と言ったな。近く認定式の招聘があるまで待機せよ」
「はい、有難き幸せに御座います」
視線を動かさずに宰相を見る。だけど彼は特に感情を動かしていないようだった。てっきり舌打ちでもしているかと思ったんだけど。
「では下がってよいぞ。ああ、アナスタシアは後で話が――」
陛下が退出を命じようとした瞬間、私たちが入ってきた所とは別の扉から慌ただしく近衛兵が入ってきたかと思うと、陛下に跪き、何かの文を渡した。私と母さんは退出のタイミングを失い、跪いたまま様子を窺う。
文を目にした陛下の顔色が、険しいものになっていった。
「……二つ目の封印が、そうか……」
陛下の口からそんな言葉が聞こえたような気がした。
封印? 二つ目?
それって、もしかして――
何故か気になって、私は宰相の顔へと視線を向けた。
彼は小さく笑っていた、ように見えた。
◆ひとこと
この国の聖女認定システムはまず王侯貴族に認められるのが通例です。
リーファちゃんも侯爵家に認められていたのですが、教会へ紹介する前に教会へ保護されてしまったのでまず教会の聖女になってしまった訳ですね。ややこしや。
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