第二六話「どうやら揉め事に巻き込まれ人生終了する所だったらしい」
母さんが目を覚ました後、私は事情を伺うべくシャムシエル、サマエルさん、大司教猊下と会議室でテーブルを囲んでいた。母さんも隣に座っているし、アンナも私の膝の上だ。
「さて、まずはリーファさん、大変な目に遭ってしまい心中お察しします。後で優秀な治癒術師が往診から帰ってくるので、それまで左腕は不自由だと思いますが我慢してください」
「は、はい。その時はお願いします」
なんというか、黙々と自分の職務をこなす天使だなぁ、猊下は。
「貴女を攫った船の乗組員は騎士団が全員捕えました。また、リーフェンシュタール家の中にそれを手引きしたメイドが居たようで、そちらも捕えようとしましたが……」
「……しましたが?」
「自害していました。まぁ、自害に見せかけた他殺でしょうね」
「………………」
人を一人簡単に奴隷の身分へ落とそうとしたり、証拠を隠滅するため息のかかった者を簡単に殺したり、それを聞くだけで相手はかなり力を持った人物、組織であると考えられる。
「私も船の中で聞いたんですけど、侯爵家の協力で勇者や聖女を輩出させたくない勢力が居るとか?」
「はい、その通りです」
あっさり肯定された。
「ということは、他所様のしがらみに巻き込まれ、私は攫われ、奴隷として売られそうになったと?」
「そうなりますね」
「今の国内における貴族って、裏では国王派と王弟派とで二分されていてねぇ? 侯爵家は国王派だったのだけれど、王弟派に陥れられたとは言え、今回の大失態の責任は免れられないでしょうねぇ」
なんだか呆れて怒りも沸いてこない。そんな政治的事情には興味ないんだけどなぁ……。「人の子ってのは変わらず愚かだなー」とサマエルさんがのたまい、シャムシエルが何も言えずもにょっている。
そうか、それで今、私はどちらにも属さない教会に保護されているということか。聞けばカナフェル大司教猊下は母さんの旧友ということだし。私が誘拐された夜、母さんは猊下にそのあたりの事情を聴きに行っていた為に私の捜索への対応が早かったのだ。
「とは言え、まだリーファさんは健在でおられます。今度は城から直接お声が掛かるでしょうね。今度は王弟派かも知れませんが」
「……いまここで私が元男だと公言し、聖女認定を諦めてもらうというのは? 恥ずかしいですけど……」
「面子を潰された侯爵家に敵対されますよ?」
だよねぇ……。はっきり最初に断るべきだったんだなぁ。「実は元男でしたー」なんて信じて貰えるか分からないけどさ……。
「今回のトラブルを理由に断るのは?」
「構いませんが、今後同じことが繰り返されるだけかと。それがお嫌でしたら、いったん聖女としては認められておくことをお勧めします」
「うーーーーーん」
悩む。断り続けるという手は考えないことも無いけど、危険があるんだよねぇ……。
「……おねえちゃん、なやんでる?」
「あ……」
膝の上のアンナにじぃっと見られ、気づく。
そうだ、次に狙われるのは私ではなく、アンナかも知れないんだ。だとしたら四の五の言わず、いったん聖女と認められておくべきだろう。
「……カナフェル大司教猊下、お願いがあります」
「伺いましょう」
私が覚悟を決めたことを察したのか、猊下は僅かに口角を上げたのだった。
◆ひとこと
国王派と王弟派に分かれているのは公然の秘密、といったところですね。
公の場ではもちろん国王を尊重しています。
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