第二五話「目が覚めたら知らない天井のパターンその二」
「いっ、いたたたたたたた!」
痛い痛い! 左腕が尋常じゃないくらい痛い!
起きた瞬間、身じろぎした私の左腕に恐ろしい痛みが襲い掛かり、今度は声になる悲鳴を上げてしまったのだ。
そしてまた知らない部屋だった。高い天井、そしてその壁にはステンドグラスが嵌め込まれており、リーフェンシュタール邸の一室ではないことが分かる。
「んん……」
「ふぅーっ、ふぅ……あれ?」
滲んだ涙を右手で拭きながら声のしたベッドの左側を見ると、私をずっと看病してくれていたのだろうか、母さんが椅子に座ったまま寝息を立てていた。
「……ありがと、母さん、心配かけてゴメン」
あとできちんと謝ろう。
母さんに自分が使っていた毛布をかけてあげてから、着せられていたパジャマを畳んで用意されていた服に着替える。左腕が副木と包帯でがちがちに固定されていて着づらかったけど、なんとか着替えを終える。
「これは、神官の服? ということは、ここは教会か何か?」
「その通りだ。目が覚めたようだな」
私が状況を確認していると、部屋のドアが開けられた。入ってきたのはシャムシエル、そして……おや、私を助けてくれたもう一人の天使だった。人間で言うと一〇歳くらいの女の子に見えるけど、祭服からでもかなり位の高そうなお方だと分かる。見た目通りに扱ってはマズそうだ。金髪のおさげが可愛い。
「このような姿で失礼いたします。わたくしは――」
「ああ、いいです。ナーシャから事情は聴いているので私にその外面は必要ありません」
「……さようですか」
事情って、この半目が特徴の小さな天使さんは私が元男だって知っているってことか。それに母さんのことを愛称で呼んでいるし、いったい何者なのやら。
「私はこのヘルマー大教会で大司教を務めているカナフェルと申します。階級は七位の権天使です」
「大司教……、権天使……」
え、王都の大教会における大司教ってことは、この天使さん、エーデルブルート王国のカナン教を纏めているお方ってこと? シャムシエルより天使の階級こそ低いけど、無茶苦茶偉いのでは?
「あ……と、お礼が遅くなり失礼いたしました、大司教猊下。私を助けて頂きありがとうございます。シャムシエルも、ありがとう」
「いえ、貴女が魔術で光を放ってくれたので見つけることが出来ました。まさか身を投げるとは思っていませんでしたが」
「いやまったく。攫われたとしたら船の中だろうとアタリはつけてはいたが、間に合って本当に安堵しているぞ」
そうやって言われると、私ってだいぶ危険な綱渡りをしてたんだよねぇ。あの時は必死だったから意識していなかったけど、一歩間違えたら死んでいたし。あ、思い出したら震えが。
「そう言えば、アンナと……その……もう一人は?」
危うくサマエルさんの名前を出そうとしたところで踏み止まる。あの悪魔さん、存在を知られると危険な気がするので、黙っていた方がいいんだろうな。
「シャムシエル、いるー? あ、いた」
……とか気遣っていたら、アンナを連れ、ドアを開けて普通に入ってきたよ、この悪魔。大丈夫なんですか? ここにいる天使さん、カナン教の大司教猊下ですよ?
「お、リーファちゃんも目覚めてるじゃん。おはよー」
「お、おはようございます。ええと、その、ここに居て大丈夫なんですか?」
「うん? アタシがここに居ること? カナフェルちゃんは本国に報告しないでくれるってさ」
「貴女に関与しないだけです。勘違いなさらないでください」
馴れ馴れしく肩に手をまわしたサマエルさんを、猊下はうざったそうに振りほどいている。うーん、平常運転だなぁ、サマエルさん。
と、がしっと腰に手を回された。……と思ったら、アンナがすんすん鼻を鳴らしながら泣いている。
「おねえちゃん……おきてよかった……」
「……うん、心配かけてごめんね、アンナ」
自由な右手で、アンナの頭を撫でてあげる。妹には申し訳ないことをしてしまった。
その後も妹は「もう何処へも行かせない」とばかりに私の服を掴んで放さなかった。
◆ひとこと
二人目の天使は大司教様でした。
権天使というのは国家を守護する天使なので、首都で大司教をやっている訳ですね。
ちなみにカナフェルというのはオリジナルの名前です。
ヘブライ語で「神の翼」という意味にした……つもり。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!
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追記!
「副木」への誤字報告を頂きましたが、こちら「そえぎ」でも「ふくぼく」でも合っているのです。
報告ありがとうございました!