第二四話「近接戦は人並み以上だけどちょっとこれは無理」
武器庫で剣を発見した後、程なく私は甲板への出口を見つけた。途中でポーカーを楽しむ船員たちが居たけれども、纏めて眠って頂いた。
甲板へのドアの窓から見える景色には青空が広がっており、今が日中帯だということが分かった。久しぶりに娑婆の空気が吸えるぞー。
「それにしてもカトラスか……。扱ったことないし、大丈夫かな……」
サーベルとかあれば良かったのだけれども、剣で見つかったのは刃が反り返ったカトラスしかしか無かった。それよりは杖向きな槍とかあったけど、私は槍を使えないからねぇ……。
「さて、甲板への出口には見張りが居ないようだな。目立たないように、一応こっそりと出るとしよう」
そーっとドアを開けて外を見る。帆は畳まれており、甲板にも船員の姿は無い。ということは、まだ港なんだろう。 だとしたらチャンスだ。
そのまま甲板へ出て、周りを見回しながら慎重に右舷部へ向かう。やはり港に停泊中のようだ。ここから大声を出せば、助けが――
「ほう、随分とお転婆なお嬢さんのようだな」
背後から掛かった声にすぐさま振り向き、カトラスを構える。迂闊だった。甲板へ出る前に〈魔力探知〉を使っておくべきだった。
目の前に悠然と佇んでいるのは、ライオンの頭を持つ獣人――獅子人か。大部分が傭兵などを生業としている人種で、その腕力の強さは彼が片手で持っている大剣の太さから一目瞭然だ。恐らく彼はこの船の用心棒なんだろう。この人を相手にするのは分が悪いな……。
「一応尋ねておこう。大人しく船室に戻る気は無いか?」
「……このまま黙って奴隷に身を落とすつもりはございません」
「あっそう、じゃあ少し痛い目を見て貰うか」
獅子人はそう言い放つと、大剣を手にゆっくりと近づいてくる。困ったな、全く隙が無い。
私は船尾の方へと回り込むように階段を上ってじりじりと移動する。人の気配は無いが、何処に潜んでいるかも分からないので慎重に。
高台になっている船尾へ辿り着いたところで船の全体像を見ると、どうやら左舷中央部に桟橋への出口があるようだった。とは言え、あの獅子人が黙って行かせてくれる筈も無いよね……?
「〈誘眠〉を使うか? でも近づいて準備をしている間に斬りかかられたら危ない。だとしたら準備の短い〈魔力弾〉を使う? でもダメージは小さいから、あの獅子人に効くとは思えないな……」
「どうしたお嬢さん、来ないならこちらから行くぞ?」
考え込んでいる間に、いつの間にか獅子人が近づいてきていた!? なっ、出入口を守ってるとばかり思ってたから、反応が遅れた!
私の左から横薙ぎに振るわれた大剣を慌ててカトラスで受け――
「くぅっ!」
左側からとんでもない衝撃が加わり、バランスを崩してしまう。そこへすかさず獅子人が足払いを繰り出し、私はもんどりうって倒れてしまった。
「ぐっ、いっ――」
「ほう、剣を手放さないとは、人間の女にしては中々に根性があるな」
倒れている私の左腕に獅子人の足裏が載せられ、声にならない悲鳴を上げてしまう。痛い痛い痛い! これは骨が折れているかも知れない!
「しょう……ひんを……傷つけて……いいの……?」
「ふん、命のやり取りをしている時にそんなことを気にしていられるか」
左腕に圧し掛かっていた体重が消え失せたかと思ったら、蹴りを入れられカトラスが手から離れる。そして片手で喉笛を掴まれ吊り下げられた。流石に首の拘束を解こうとその手を掴むが、びくともしない。マズい、これは非常にマズい。
「いいか、俺はお前らのような貴族が大っ嫌いなんだ。俺の故郷は重税に苦しんでいて、皆、里を出るしかなくなったからな」
ぼうっとした頭に獅子人の声が鳴り響く。何かこの人、勘違いをしているようだけど……。
「わた……くしは……、平民……です……」
「……なに?」
急に首の拘束が外れ、私は床の上に崩れ落ちた。その拍子に左腕へ衝撃があったものの、感覚が麻痺しているのか痛みは無かった。後で痛みにのたうち回ることになりそうだけど……。
「……そうか、平民だったか。だが俺も仕事だ、戻ってもら――」
「――照らせ、〈閃光〉」
獅子人が顔を近づけてきたので、私はすかさず練り上げていた魔力で最大出力の〈閃光〉を放った。杖無しではあったけど、強烈な光が獅子人を襲う。
「ぐぉぁぁぁ! きっ、貴様!」
「悪い……ですね……、これ以上は……相手を……して……いられ……ません……ので……」
目が潰れた獅子人を放って、私は倒れそうな身体を引き摺り、船尾の左舷側から外に身を乗り出す。
「おい、待て、そっちは」
失明していても私が何をするのか気付いたらしく、獅子人は慌てて私に追いすがろうとする。
「……では、ごきげんよう」
私はそのまま桟橋目掛け、身を投げ出した。
と言っても死ぬつもりは毛頭無い。私の膨大な魔力を使えば、クッション替わりにはなるだろうと考えてのことだ。怪我はするかもしれないけど、命は助かるだろう。港が大騒ぎになって、誰かが助けてくれることを祈るしかない。
ギリギリ保たれている意識をどうにか繋ぎ止めつつ、魔力を――
「まったく、無茶をするな、リーファ」
魔力を放とうとしたところで、誰かに空中で受け止められた。
「……シャムシ……エル……?」
私を受け止めたのは自前の翼から神気を放出して飛んでいるシャムシエルと、もう一人、一〇歳くらいの可愛らしい天使の女の子だった。
「あり……がと……、助かった……」
「もういいから眠れ。後のことは任せろ」
「うん……」
私は天使たちに抱かれながら、意識を手放したのだった。
◆ひとこと
随分とあっさり負けてしまいましたが、実力差があるとこんなもんです。
そもそもリーファちゃんは近接型ではありませんしね。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!