第二三話「魔術師とは徒手空拳でもなんとかなるものと教わってるもので」
身体をくまなく調べてみる。幸いにして乱暴とかされた形跡は無く、胸を撫で下ろした。女の子になった挙句傷物にされたとあったら立ち直れる自信が無い。
部屋の隅の壁に貼りついているランプが照らしている部屋は狭いと言った印象しか無い。まるで何処かの屋根裏部屋のような狭さだ。窓もついているようだけど板で塞がれている。外に助けを呼べないようになっているのか。
「おう姫様、やっとお目覚めかい」
私が状況を確かめていると、いかにもな出で立ちのごろつきさんが、両手に持ったトレイに粗末な食事を載せて部屋へと入って来た。
「……わたくしをどうするおつもりですか?」
「どうもしねえよ、今のところはな。ちょっと他所の国へ行って奴隷の身分に落ちて貰うだけだ。それまでは丁重に扱うから安心しな」
トレイを床に置き、ごろつきがククク、と下卑た笑いを浮かべる。他所の国で奴隷ねぇ……。ということは、先程からゆらゆらと揺れている感覚があったのは気のせいじゃない。私は船の一室に監禁されているのか。もし既に出港しているなら逃げ出すことは困難だろう。どうしたものか……。
「よく侯爵家から人攫いなどということが出来ましたね? 警備もありましたでしょうに」
「内通者が居ればザルみたいなもんだ。あの侯爵家の協力で勇者とか聖女を輩出されたくない勢力が居るんだよ。あそこの人間に目をつけられたのが運のツキだったな」
もう逃げられないと高をくくってベラベラと喋ってくれるのは有難い。
残念ながらこの人、私が聖女の力を持っているという以前に魔術師だということは知らないようだ。
色々と喋ってくれたごろつきが部屋を出て行った後、私は食事に手を付けず、トレイから木製のスプーンだけ取り出した。
「まぁ、無いよりはマシだよねぇ。これを杖にするしか無いか」
流石にスプーンを杖にしたことは無いけど、短杖は使ったことがあるし、いざとなったらその辺の枝だって杖代わりに出来るよう私は師匠から仕込まれているのだ。魔術的な処理がされていないから魔力の通りは悪いけど、まぁそこは涙を呑む。
「だって私は、〈魔剣のアナスタシア〉の弟子だからね」
師匠は剣を杖代わりにしているくらいだ。私は剣術が師匠ほど得意ではないので普段は杖を使っているけど、いざとなったら扱える自信はある。途中で剣を見つけたらそれを使うことにしよう。スプーンよりはマシだ。見た目的にも。
「さて、逃げ出すことにしますか。まだ船が港に居ればいいんだけど」
邪魔なネグリジェの裾をたくしあげ左腿の脇で縛り、反対側から気取られないようにしながらドアを調べ始める。鍵穴は無い、けどさっきごろつきが出て行った時、何か嵌めるような音がしていた。恐らく閂だろう。
「流石に閂ごとドアを吹っ飛ばしたら大騒ぎになるし……その流れを我に映せ、〈魔力探知〉」
脳裏に第二の視界が映り、部屋の外に居る人間の魔力が分かるようになる。むむ、流石にスプーンじゃ魔力の通りが悪い。仕方ないんだけどさ。
見張りは……おやおや、一人だけ? 舐められたものだねぇ。念の為膨大な魔力を使ってもうちょっと探索範囲を広げてみるけど……近場に居るのはドアの向こうの一人だけだ。ではこの人に協力してもらうことにしますか。
すぅ、はぁ、と深呼吸。大丈夫、私なら出来る。
「あ、あのぅ、そこにどなたかいらっしゃいますか?」
「あん? どうした?」
ノックをしながら怯えた声を出したら返事が来た。よしよし。
「その……お手洗いに行きたくて」
「ちっ、しょうがねぇな。開けてやるから待ってろ」
閂を開ける音がする。上手くいった。ドアに向けてスプーンを構えて、と。
がちゃり、とドアが開いた瞬間、現れた人物に対して用意していた魔術を行使する。
「安らかなる眠りを与えよ、〈誘眠〉」
スプーンの先から魔力の糸が伸びて、ごろつきの頭に絡みつく。精神感応系の魔術はそんなに得意ではないけど、流石にこの程度の基本的な魔術は行使出来る。
「て……め……」
ごろつきが倒れ伏す前に、手にしていたランタンを奪い取る。火事になって逃げ遅れたら目も当てられないからね。
「まずは甲板に出ないと。こっちかな?」
ぐっすり眠りこけるごろつきから新たな杖となる短剣を奪い、私は出口を目指して歩き始めた。
◆ひとこと
スプーンも枝も杖になり得る世界です。
ただし、魔力を通すための処理がされていないとロスが多く魔力が無駄になってしまいます。
回路の抵抗みたいなものです(理系の例え)
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次回は明日21時半頃に更新予定です!