第二話「何故女性ものの服まで着なければいけないのか」
僕と師匠が二人で住んでいる家は、エーデルブルート王国中央部に位置するケルステン州、その南西にあるシュパン村、更にそのはずれに広がる森の中にある。
僕は自分の置かれた状況にショックを受けてしまったシャムシエルの気晴らしとなればと、森を案内しているのだけれど――
「ふふ……、ふふふ……、一二〇〇年も経てば色々と変わるものなのですね……。そう、私の存在価値も……ふふふ……」
……こんな調子で、隣を歩くシャムシエルは堕天しそうなくらい落ち込んでおり、かける言葉が見つからない。
彼女が何故こうなっているのかというと、平たく言えば彼女の故郷であるカナン神国から忘れ去られ、一二〇〇年以上も経っていたからである。むごい。
悪魔に対抗する聖女を生み出すという役目を負って封印されていたというのにイールセン聖王国の宝物庫で放置されていたのだから、シャムシエルの気持ちたるや、推して知るべしだよねぇ……。
「それにもう神国は悪魔を敵視していないだと……? 世は無常だ、残酷だ」
あ、いかん、ホントに堕天しそうだ。
「ま、まぁまぁ、たまたま古代神術を齧っていた僕が封印を解くことが出来たんだし、その辺はラッキーってことで」
「……そうですね、それは奇跡やも知れません。神の御導きに感謝するとしましょう……」
ふぅ、ちょっと瞳に光が戻った。危ない危ない。
ちなみに何故宝物庫にあった筈の本が一介の魔術師である僕なんかの手に渡ったのかというと、その宝物庫を有していたイールセン聖王国は一二年前に滅びているのである。たぶん略奪された本が巡り巡って行商人の手に渡ったという流れなんだろう。偶然古代神術にハマっていた僕が購入したからこの天使は表に出て来られたのだ。
「でも、いいの? 僕の手伝いをするよりも、神国に戻った方がいいんじゃ?」
「いいえ、勘違いとはいえ生み出した聖女を手助けするのも私の仕事です。お側に置かせてください」
「勘違いなら元の姿に戻してほしいんだけどねぇ……」
溜息しか出ない。この天使は超がつくほどの真面目で自分の職務に忠実なのである。こっちの都合も考えてほしいんだけど。でもまぁ天使じゃ元に戻せないんだから仕方ない。何かそういう魔術の類を開発するしか無いんだろうなぁ。
はぁ、早く男に戻りたい。だって、女の子へと変わってしまったため、その――
「……足というか、下腹部がスースーして落ち着かない」
ノリノリの母さんに「女の子は女の子らしい所作を身に就けなさい」と言われ、僕は何故か女の子用の服を着せられていた。白を基調としたワンピースを身に着けており、何処かの聖女と言われてもおかしくは無い出で立ちである。確かこの服、幼馴染のリリを母さんが着せ替えしている時に見たな。裾が膝くらいまでしか無くて恥ずかしいったらもう。
杖もいつもの魔術用の長杖ではなく神聖儀礼用の長杖を持つように言われ、取り替えさせられた。なんでも神聖な処理をされているこっちの方が神気を通しやすいらしい。
でもまだ神術の使い方、あまりよく分かってないんだけどね……。シャムシエルに教えて貰おうかな。
「可憐ですよ」
シャムシエルにそんなことを言われてしまった。ぜんっぜん嬉しくないんだけど、冗談を言えるくらいに元気になったのだったらまぁいいかとも思える。……真面目そうな顔を見る限り本心かも知れないけど。
「シャムシエルは剣士なの?」
元気が戻ったことをこれ幸いと雑談を振ってみる。シャムシエルは剣を帯びているのでその質問から入ってみた。
「剣も得意ですが、神術も使えます。部下を束ねる位には就いていましたが、自らが前線で戦えなければ部下からの信頼も得られませんので」
「なるほど」
確か能天使って天使の中では御前の天使を除く九階級のうちの六位とかだった筈だ。それなりに偉い立場なんだろうけど、自分でも前線に立てるのは立派なことだ。
「というか、僕にそんな畏まった態度をとらなくていいよ。責任を感じているとは言えさ。僕のことも年下なんだし、貴殿、じゃなくってリーファって呼び捨てにしていいってば」
「で、ですが……」
「これから一緒に暮らすんだし、疲れちゃうよ?」
そう、僕たちはこれから共に暮らす家族なのだ。家族というのは互いの敬いこそあって然るべきだけど、上司と部下のような上下関係があるものではない。
「はい、わかり……分かった、リーファ。そうさせてもらおう」
むぅ、まだ堅苦しいけど、彼女の性格と割り切るしかないな。
「それにしても、神国が魔王や悪魔を敵視しない時代が来るとは、未だに信じられないな……」
「もう数百年前からだけどね。昔は悪魔の末裔と蔑まれていたらしい獣人だって、今の時代は当たり前に人間や亜人と共に暮らしているよ。君が封じられていた本を売りにきた行商人だって犬人だし、その護衛も猪人だからね」
「……一二〇〇年も経てば、昔の価値観など意味の無いものだと分かるな……」
「そうかもしれないね」
「そう、私の使命も意味を無くしてしまったしな、ふふ、ふふふ……」
ま、また堕天しちゃいそうになってるよ、この天使……。
「……しかし、私がやっておいて何だが、いきなり女性へ変えられてしまったというのにリーファは落ち着いたものだな」
「師匠の教育の賜物だよ。『起きてしまったことより、これからのことを考えろ』ってね。だからシャムシエルも聖女の手助けはいいけど、僕が元に戻る方法を一緒に考えてね?」
「う、わ、分かった……」
僕が受け入れてしまったと思われても困るし、念押ししておく。どうもこの天使、神国に忘れ去られていた分、役目に対して随分と気負っているみたいだし。なあなあにされては困るのだよ。
挿絵イラストはグリコーゲン様に依頼し、描いて頂きました!
ありがとうございます!
グリコーゲン様Twitterアカウント:@guri_coooogen
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◆ひとこと
悪魔とは基本的に天使が堕ちて成る物です。
しかしこの世界では彼ら天使が悪魔と呼べば悪魔扱いされていたということですね。
いつだって宗教というのは暴力的な解釈を……おっと誰か来たようだ。