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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第四章「聖女リーファ」
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終話「たとえどんな姿であろうとも」

 雪解(ゆきど)けもすっかり終わり、木々たちが(ふたた)び色を付け始めていく、三月の終わり。


 ()魔道具(まどうぐ)(ああたた)かくした自分の部屋で、鼻歌(はなうた)(とも)針仕事(はりしごと)(せい)を出していた。アンナが「お(そろ)いのワンピースが()しいの!」と駄々(だだ)をこねたので、仕方(しかた)なく姉妹二人分を作っている最中(さいちゅう)なのである。


「リーファちゃん、このパーツはこういう形でええの?」

「うん、ありがとうシャラ。針仕事が苦手(にがて)なのに付き合わせちゃってゴメンね」

「まあ、そら、うちはリーファちゃんから(はな)れられんからなぁ。手伝(てつだ)わんでぼーっとしとる(わけ)にいかへんし」


 野良(のら)仕事を得意(とくい)としているシャラだけど、こういった(こま)かい仕事は苦手みたい。それでも頑張(がんば)って(おぼ)えてくれているので、感謝(かんしゃ)しなければ。


 シャラとも長い付き合いになる。たぶん私が生を(まっと)うするまで一緒(いっしょ)なのだろうな。本人が(のぞ)めばペル殿下(でんか)にお(ねが)いして別の()(しろ)へ移動することも出来(でき)るけど、たぶんそれは無いだろう。


「二人ともー、お(つか)れ様! お茶用意したよー」


 ドアを開けて元気に入ってきたのは、リリだ。なんでも花嫁(はなよめ)修業(しゅぎょう)という名目(めいもく)で、この家へ毎日遊びに来ている。お店の仕事は弟のアデルに(まか)せてきたらしい。可哀想(かわいそう)なアデル。


「ん? カップが四つ?」


 お(ぼん)の上のティーセットには人数分以上のカップがあった。もう一人は誰だろう、と思ったら、リリの後ろからアンナがぴょこんと顔を出した。


「こらアンナ。リリに(はこ)ばせちゃ駄目(だめ)でしょ?」

「えー、リリお姉ちゃんが自分でやるって言ったんだもーん」

「まあまあ、リーファちゃん。私は花嫁修業で来てるんだから、この(くらい)はしないと」


 ぱたぱたと手を()るリリ。そういうのはお盆を()いてからにしなさい、危ないでしょ。


「ほんまにどっかの花嫁になる気があるんか、疑問(ぎもん)やけどな……」

「シャラさん、何か言った?」

「なんも言うてへんで」


 な、なんだろう。二人の間に火花(ひばな)()っているような。シャラが私から離れられないと教えてから二人ともこの調子(ちょうし)なんだよなぁ。野良仕事では普通に仲良しのようなのに、どうして家ではこうなんだ。


 針仕事を中断(ちゅうだん)し、四人で私の作ったクッキーを(かじ)りながら他愛(たあい)も無い話に花を()かせる。まだ女の子同士の会話というものには()れない所があるけれど、他愛も無いこと、というのが重要(じゅうよう)なのは理解(りかい)してきた。


「そう言えば、聞いた? 先月星が落ちたっていう、南のヴィーラント州のお話」

「え? 何かあったの?」


 リリの話に乗っかってみる。星が落ちた、というのは、ここから南の山を()えた向こう側に『ニガヨモギ(ラーナー)』が落ちた話だ。その所為(せい)一帯(いったい)が毒に(おか)され、死の大地となっているという話は聞いているけど。


「あそこって毒の所為で何も無くなってたじゃない? それがね、一夜(いちや)にして森が復活(ふっかつ)してたんだって」

「えぇ?」

「なんや、不思議(ふしぎ)を通り越して不気味(ぶきみ)やな、それ」


 ラファエル様の見通しでは数百年単位(たんい)で毒が残り続けるって話だったのに。一体何が起きたというのか?


「まあ、()くなった人たちは(もど)って()ぅへんけど、緑が戻ったのは良かったな」

「そうだね。奇跡でも起きたのかも」


 ()れただけで(がい)があるというあの毒を何とかするには、〈光あれ(イェヒー・オール)〉など元の姿(すがた)へと戻す力を持つ奇跡が必要だ。でも、私は使ってはいない。


「リーファちゃんが言うと、説得力(せっとくりょく)あるなぁ。実はこっそり行って使(つこ)うたんやないの?」

「あはは、私はほら、もう奇跡は使えないから。きっと神様が何とかしてくれたんだよ」


 そう、私はもう、奇跡を使うことは出来(でき)ない。


 最後の奇跡を使った後、私は再度我等(われら)(しゅ)から神気(しんき)をお借りする(ため)のパスへと(つな)いでみようとしたところ、ぷっつりと切れていたのだ。


 オマケに、不思議なことに私の身体からは神の純粋(じゅんすい)な神気が完全に()けており、元の人間の身体へと戻っていた。まあ、底無(そこな)しの神気と性別は戻らなかったけれども。


 それを()に、エーデルブルート王国の聖女も引退(いんたい)することにした。陛下(へいか)には(もう)(わけ)ないことをしてしまったけれども、今までのように無茶(むちゃ)は出来ないので。


「そう、たぶん。神様が何とかしてくれたんだ」


 私はカップを手に、何処(どこ)確信(かくしん)を持ってそう(つぶや)いたのだった。




 午後はシャラと二人でシュパン村へ買い物に行くことにした。冬支度(ふゆじたく)ほどではないけれど、春は春で(そろ)えなければならないものがあるのだ。冬の間で使い()たしちゃった物もあるしね。


 雑貨屋(ざっかや)で買い物を終わらせ店を出た所で、広場の所で何やら激論(げきろん)()り広げている二人を見つけた。いや、見つけてしまった。


「だからな、シェムハザ殿(どの)幼馴染(おさななじみ)清楚(せいそ)が一番なのだ。朝食を作ってくれた後にその(にお)いが(ほの)かに(かお)るエプロンを着けたまま起こしてくれる、そういうシチュエーションこそが素晴(すば)らしいと何故(なぜ)分からない!」

「いやいや、シャムシエル殿。幼馴染はやはりツンデレ。幼馴染特有(とくゆう)()れ馴れしさで普段(ふだん)はちょっと乱暴(らんぼう)(あつか)いつつも、いざ二人きりの時になったらしおらしくなってしまうそのギャップこそが良いのだ! 貴女(あなた)こそ分かっておらぬ!」

「………………」


 天下の往来(おうらい)で、一体何をやっているんだあの二人は。あ、サマエルさんとアザゼルがやって来てしばいている。流石(さすが)()ずかしいよねぇ。他人の()りをしても他人じゃ無いのは村の人たちにバレてるし。


「二人とも、よく分からない話を(ろん)ずるのは良いけど、見えないトコでやってくれない?」

「む……、リーファか。リーファも清楚系に入るな……」

「いやいや、聖女リーファはどちらかと言うとツンデレ系ではないか?」

「だからやめろっつってんでしょうが!」


 サマエルさんとアザゼルが「それ以上言わせん」とばかりに二人揃ってヘッドロックを()けた。あ、タップしてるけど二人とも(はな)す気が無い。容赦(ようしゃ)ないな。


「サマエルさんもアザゼルも、休憩(きゅうけい)中?」


 私はシャムシエルとシェムハザが(たお)れて沈黙(ちんもく)した所で、二人に声を掛けた。ちなみに聖女モードはもう()めた。聖女じゃないので。


「うん、アタシは午前中で狩りを終わらせて、アザゼルの店でご飯食べたトコ。また(うで)を上げたよねぇ」

「腕を上げたんじゃない。腕は(すで)に最高だと自負(じふ)している。この村の(した)に合わせただけだ」


 おお、アザゼル(すご)自信(じしん)だ。でも自信に裏打(うらう)ちされる(ほど)の腕があるからなぁ。村の酒場で振るっているのが勿体(もったい)ない位だけど、本人が希望しているのだからそれで良いのだろう。


「流石やなぁ、アザゼルさん。うちも料理教えて()しいわぁ」

「シャラならばタダで教えてやろう。聖女リーファの家族だからな」

「え、それはあかんで。ええかアザゼルさん、対価(たいか)があるから人は責任感(せきにんかん)を持てるようになるし、真剣(しんけん)にもなれるんやで」

「む、それもそうだな」


 シャラがアザゼルに教えられる話の(はず)が、何時(いつ)の間にか逆転(ぎゃくてん)している。なんだこれ。


「いっ……たたた…………、容赦ないですね、サマエル様……」

「うむ……、まだマスティマに掛けられた(のろ)いの方が(やさ)しかったですぞ、アザゼル様」


 あ、シャムシエルとシェムハザが復活(ふっかつ)した。まだ寝てて良いのに。


 ちなみに、シャムシエルは正式に神国(しんこく)を離れてエーデルブルート王国民になることを決め、それを両国から(みと)められた。まあ、やることはあまり変わらず、村の自警団(じけいだん)の一人として毎日空から見回(みまわ)りをしている。


「そうそうリーファちゃん。さっきヴィニエーラ帝国の悪魔兵が来てたよ。後でおうちに来るんじゃないかな」

「うっ……また?」


 私はまたかと思わず顔を引き()らせた。(おそ)らくルシファー陛下からのラブコールだろう。これで二回目だ。(こま)るんだよなぁ……。


「またか。ルシファーにも困ったものだな」

「リーファちゃん、ルシファーくんに気に入られちゃったからねぇ」

「ううう……側室(そくしつ)にはならないって言ってるのに……」


 溜息(ためいき)()くアザゼルとサマエルさんに、げんなりとした気分で(かた)を落とす私。


 そう、訪問(ほうもん)してくる悪魔兵が何用(なによう)なのかというと、ルシファー陛下の側室にならないかという勧誘(かんゆう)なのである。


 既に陛下には皇妃(こうひ)である奥様(おくさま)と三人の側室がいらっしゃるらしく、光栄(こうえい)にも私を四番目として(まね)き入れようとされているのだ。でもそのつもりは全く無いし、大層(たいそう)金品(きんぴん)(はこ)んで来る悪魔兵の方にも申し訳ない。


「アタシが今度(こんど)行って、皇妃様にチクってくるよ。旦那(だんな)が女の子困らせてますよって」

「う、うん、お(ねが)い。でもお手柔(てやわ)らかにね……?」


 サマエルさんは皇妃様とも仲良くなっているらしいので(たよ)りに出来ると思うけど、この間、陛下は随分(ずいぶん)と奥様を恐れていたし、私が原因(げんいん)で夫婦が不仲ということになったりしたら困るので。




 帰りに雑貨屋へ買った物を取りに()るようシャムシエルに(つた)えた後、夕暮(ゆうぐ)れの中、再びシャラと二人で帰路(きろ)()く。


「すっかり日も(なご)うなったな」

「そうだねぇ」


 冬の間は、この時間ならもう()(くら)だったかも。でも視界(しかい)が悪いことには(ちが)いが無いので、早く帰ることにしよう。


「……ん?」

「どないしたん、リーファちゃん」


 道端(みちばた)()け寄った私と、(あわ)ててそれに付き(したが)うシャラ。


 そこには、一匹の仔狐(こぎつね)が居た。左前(あし)怪我(けが)をしており、きゅんきゅん鳴いている。


「なんや、狐? 怪我しとるんか」

「シャラ、この子と意思(いし)疎通(そつう)出来る? その間に怪我を治しちゃうね」

了解(りょうかい)や。ほーら、ええ子にしとるんやで」


 私だけが近づくと警戒(けいかい)されるけど、元豊穣(ほうじょう)の女神であるシャラが狐に呼びかけてくれたお(かげ)で大人しく神術(しんじゅつ)による治療(ちりょう)を受けてくれた。この意思疎通能力、私も欲しいなぁ。


「あー、駄目(だめ)だ。骨が折れてる。これはすぐには治らないねぇ」

「ありゃりゃ。えーっと、母親とは近くではぐれたみたいや。今頃(いまごろ)(さが)しとるかもな」

「でもこのままじゃ治らないから、返しても死んじゃうね。仕方ない。(しばら)くうちで(あず)かるかぁ」


 たぶん母さんも反対はしないだろう。アンナが大喜(おおよろこ)びしそうだけど、怪我をしているからあまり(かま)わせないようにしなくては。


「……ふふ」

「ん? どしたのシャラ」


 なんかシャラが笑っている。何処か笑うポイントあったかな。


「いやいや。男や()うても、聖女や無うても、リーファちゃんはリーファちゃん、そう思うただけや」

「え、何それ」

「なーんでもあらへん。ほら、はよ帰らんと真っ暗になってまうで」

「むう……」


 なんだか釈然(しゃくぜん)としないけど、シャラの言う通りだ。早く帰らないと。


 仔狐をケープで(くる)んだ私は、先を行くシャラを追って再び歩き出そうとした。



 ――そうか。だが、(なんじ)は汝だ。(たと)え汝が男であろうとも、女であろうとも、その()り方は変わらぬ。



「………………」

「どないしたん、リーファちゃん?」


 何時(いつ)までも歩き出さない私を、シャラが不思議そうに見つめている。


 ……今の言葉は、誰に言われたんだっけ?


「うん、ごめん、行こっか」


 私は再び、足早(あしばや)に家までの道を歩き出した。



 そうだよ。私がどんな姿(すがた)をしていたって、いいじゃないか。


 多くの人たちに(すく)われた命を、最後まで全うするだけだ。そこに(ちが)いなんて無い。



 ふと、気になって視線(しせん)を向けた先には右手の薬指(くすりゆび)


 そこには姿も知らぬおばあちゃんの形見(かたみ)である指輪(ゆびわ)が、(ほこ)らしげに光っていた。


これにてリーファちゃんの物語は終了となります!

皆様、これまで毎日お付き合いを頂きありがとうございました!

彼女の未来がどうなるかは、皆さんの想像にお任せいたします。


次回作については大まかに決まってはいるのですが、少しだけお休みを頂こうかと。

何しろ、毎日ぶっ通しで五ヶ月半も続けましたからね(笑)

ユリナ・オンラインの方は週一ですが続けますよ!


よろしければ、本作に感想や評価を頂けますと幸いです。

それではまた!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます!
[一言] 完結、おめでとうございます。 毎日、次はどうなるのかなとドキドキしながら読ませていただきました。 リーファちゃんが聖女じゃなくなったのは残念ですけど、仕方がありません。ああも何度も召されて…
[一言] まあ濃い聖女生活送ってきたし今更男には戻れないよね おや?これからはルシファーに限らずいろんな男に求婚されるヒロイン人生?男に限った事でもなさそうだけど 神の居ない新時代とリーファの本格…
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