終話「たとえどんな姿であろうとも」
雪解けもすっかり終わり、木々たちが再び色を付け始めていく、三月の終わり。
私は魔道具で暖かくした自分の部屋で、鼻歌と共に針仕事へ精を出していた。アンナが「お揃いのワンピースが欲しいの!」と駄々をこねたので、仕方なく姉妹二人分を作っている最中なのである。
「リーファちゃん、このパーツはこういう形でええの?」
「うん、ありがとうシャラ。針仕事が苦手なのに付き合わせちゃってゴメンね」
「まあ、そら、うちはリーファちゃんから離れられんからなぁ。手伝わんでぼーっとしとる訳にいかへんし」
野良仕事を得意としているシャラだけど、こういった細かい仕事は苦手みたい。それでも頑張って覚えてくれているので、感謝しなければ。
シャラとも長い付き合いになる。たぶん私が生を全うするまで一緒なのだろうな。本人が望めばペル殿下にお願いして別の依り代へ移動することも出来るけど、たぶんそれは無いだろう。
「二人ともー、お疲れ様! お茶用意したよー」
ドアを開けて元気に入ってきたのは、リリだ。なんでも花嫁修業という名目で、この家へ毎日遊びに来ている。お店の仕事は弟のアデルに任せてきたらしい。可哀想なアデル。
「ん? カップが四つ?」
お盆の上のティーセットには人数分以上のカップがあった。もう一人は誰だろう、と思ったら、リリの後ろからアンナがぴょこんと顔を出した。
「こらアンナ。リリに運ばせちゃ駄目でしょ?」
「えー、リリお姉ちゃんが自分でやるって言ったんだもーん」
「まあまあ、リーファちゃん。私は花嫁修業で来てるんだから、この位はしないと」
ぱたぱたと手を振るリリ。そういうのはお盆を置いてからにしなさい、危ないでしょ。
「ほんまにどっかの花嫁になる気があるんか、疑問やけどな……」
「シャラさん、何か言った?」
「なんも言うてへんで」
な、なんだろう。二人の間に火花が散っているような。シャラが私から離れられないと教えてから二人ともこの調子なんだよなぁ。野良仕事では普通に仲良しのようなのに、どうして家ではこうなんだ。
針仕事を中断し、四人で私の作ったクッキーを囓りながら他愛も無い話に花を咲かせる。まだ女の子同士の会話というものには慣れない所があるけれど、他愛も無いこと、というのが重要なのは理解してきた。
「そう言えば、聞いた? 先月星が落ちたっていう、南のヴィーラント州のお話」
「え? 何かあったの?」
リリの話に乗っかってみる。星が落ちた、というのは、ここから南の山を越えた向こう側に『ニガヨモギ』が落ちた話だ。その所為で一帯が毒に冒され、死の大地となっているという話は聞いているけど。
「あそこって毒の所為で何も無くなってたじゃない? それがね、一夜にして森が復活してたんだって」
「えぇ?」
「なんや、不思議を通り越して不気味やな、それ」
ラファエル様の見通しでは数百年単位で毒が残り続けるって話だったのに。一体何が起きたというのか?
「まあ、亡くなった人たちは戻って来ぅへんけど、緑が戻ったのは良かったな」
「そうだね。奇跡でも起きたのかも」
触れただけで害があるというあの毒を何とかするには、〈光あれ〉など元の姿へと戻す力を持つ奇跡が必要だ。でも、私は使ってはいない。
「リーファちゃんが言うと、説得力あるなぁ。実はこっそり行って使うたんやないの?」
「あはは、私はほら、もう奇跡は使えないから。きっと神様が何とかしてくれたんだよ」
そう、私はもう、奇跡を使うことは出来ない。
最後の奇跡を使った後、私は再度我等が主から神気をお借りする為のパスへと繋いでみようとしたところ、ぷっつりと切れていたのだ。
オマケに、不思議なことに私の身体からは神の純粋な神気が完全に抜けており、元の人間の身体へと戻っていた。まあ、底無しの神気と性別は戻らなかったけれども。
それを機に、エーデルブルート王国の聖女も引退することにした。陛下には申し訳ないことをしてしまったけれども、今までのように無茶は出来ないので。
「そう、たぶん。神様が何とかしてくれたんだ」
私はカップを手に、何処か確信を持ってそう呟いたのだった。
午後はシャラと二人でシュパン村へ買い物に行くことにした。冬支度ほどではないけれど、春は春で揃えなければならないものがあるのだ。冬の間で使い果たしちゃった物もあるしね。
雑貨屋で買い物を終わらせ店を出た所で、広場の所で何やら激論を繰り広げている二人を見つけた。いや、見つけてしまった。
「だからな、シェムハザ殿。幼馴染は清楚が一番なのだ。朝食を作ってくれた後にその匂いが仄かに香るエプロンを着けたまま起こしてくれる、そういうシチュエーションこそが素晴らしいと何故分からない!」
「いやいや、シャムシエル殿。幼馴染はやはりツンデレ。幼馴染特有の馴れ馴れしさで普段はちょっと乱暴に扱いつつも、いざ二人きりの時になったらしおらしくなってしまうそのギャップこそが良いのだ! 貴女こそ分かっておらぬ!」
「………………」
天下の往来で、一体何をやっているんだあの二人は。あ、サマエルさんとアザゼルがやって来てしばいている。流石に恥ずかしいよねぇ。他人の振りをしても他人じゃ無いのは村の人たちにバレてるし。
「二人とも、よく分からない話を論ずるのは良いけど、見えないトコでやってくれない?」
「む……、リーファか。リーファも清楚系に入るな……」
「いやいや、聖女リーファはどちらかと言うとツンデレ系ではないか?」
「だからやめろっつってんでしょうが!」
サマエルさんとアザゼルが「それ以上言わせん」とばかりに二人揃ってヘッドロックを掛けた。あ、タップしてるけど二人とも放す気が無い。容赦ないな。
「サマエルさんもアザゼルも、休憩中?」
私はシャムシエルとシェムハザが倒れて沈黙した所で、二人に声を掛けた。ちなみに聖女モードはもう止めた。聖女じゃないので。
「うん、アタシは午前中で狩りを終わらせて、アザゼルの店でご飯食べたトコ。また腕を上げたよねぇ」
「腕を上げたんじゃない。腕は既に最高だと自負している。この村の舌に合わせただけだ」
おお、アザゼル凄い自信だ。でも自信に裏打ちされる程の腕があるからなぁ。村の酒場で振るっているのが勿体ない位だけど、本人が希望しているのだからそれで良いのだろう。
「流石やなぁ、アザゼルさん。うちも料理教えて欲しいわぁ」
「シャラならばタダで教えてやろう。聖女リーファの家族だからな」
「え、それはあかんで。ええかアザゼルさん、対価があるから人は責任感を持てるようになるし、真剣にもなれるんやで」
「む、それもそうだな」
シャラがアザゼルに教えられる話の筈が、何時の間にか逆転している。なんだこれ。
「いっ……たたた…………、容赦ないですね、サマエル様……」
「うむ……、まだマスティマに掛けられた呪いの方が優しかったですぞ、アザゼル様」
あ、シャムシエルとシェムハザが復活した。まだ寝てて良いのに。
ちなみに、シャムシエルは正式に神国を離れてエーデルブルート王国民になることを決め、それを両国から認められた。まあ、やることはあまり変わらず、村の自警団の一人として毎日空から見回りをしている。
「そうそうリーファちゃん。さっきヴィニエーラ帝国の悪魔兵が来てたよ。後でおうちに来るんじゃないかな」
「うっ……また?」
私はまたかと思わず顔を引き攣らせた。恐らくルシファー陛下からのラブコールだろう。これで二回目だ。困るんだよなぁ……。
「またか。ルシファーにも困ったものだな」
「リーファちゃん、ルシファーくんに気に入られちゃったからねぇ」
「ううう……側室にはならないって言ってるのに……」
溜息を吐くアザゼルとサマエルさんに、げんなりとした気分で肩を落とす私。
そう、訪問してくる悪魔兵が何用なのかというと、ルシファー陛下の側室にならないかという勧誘なのである。
既に陛下には皇妃である奥様と三人の側室がいらっしゃるらしく、光栄にも私を四番目として招き入れようとされているのだ。でもそのつもりは全く無いし、大層な金品を運んで来る悪魔兵の方にも申し訳ない。
「アタシが今度行って、皇妃様にチクってくるよ。旦那が女の子困らせてますよって」
「う、うん、お願い。でもお手柔らかにね……?」
サマエルさんは皇妃様とも仲良くなっているらしいので頼りに出来ると思うけど、この間、陛下は随分と奥様を恐れていたし、私が原因で夫婦が不仲ということになったりしたら困るので。
帰りに雑貨屋へ買った物を取りに寄るようシャムシエルに伝えた後、夕暮れの中、再びシャラと二人で帰路に就く。
「すっかり日も長うなったな」
「そうだねぇ」
冬の間は、この時間ならもう真っ暗だったかも。でも視界が悪いことには違いが無いので、早く帰ることにしよう。
「……ん?」
「どないしたん、リーファちゃん」
道端に駆け寄った私と、慌ててそれに付き従うシャラ。
そこには、一匹の仔狐が居た。左前肢に怪我をしており、きゅんきゅん鳴いている。
「なんや、狐? 怪我しとるんか」
「シャラ、この子と意思疎通出来る? その間に怪我を治しちゃうね」
「了解や。ほーら、ええ子にしとるんやで」
私だけが近づくと警戒されるけど、元豊穣の女神であるシャラが狐に呼びかけてくれたお陰で大人しく神術による治療を受けてくれた。この意思疎通能力、私も欲しいなぁ。
「あー、駄目だ。骨が折れてる。これはすぐには治らないねぇ」
「ありゃりゃ。えーっと、母親とは近くではぐれたみたいや。今頃探しとるかもな」
「でもこのままじゃ治らないから、返しても死んじゃうね。仕方ない。暫くうちで預かるかぁ」
たぶん母さんも反対はしないだろう。アンナが大喜びしそうだけど、怪我をしているからあまり構わせないようにしなくては。
「……ふふ」
「ん? どしたのシャラ」
なんかシャラが笑っている。何処か笑うポイントあったかな。
「いやいや。男や無うても、聖女や無うても、リーファちゃんはリーファちゃん、そう思うただけや」
「え、何それ」
「なーんでもあらへん。ほら、はよ帰らんと真っ暗になってまうで」
「むう……」
なんだか釈然としないけど、シャラの言う通りだ。早く帰らないと。
仔狐をケープで包んだ私は、先を行くシャラを追って再び歩き出そうとした。
――そうか。だが、汝は汝だ。例え汝が男であろうとも、女であろうとも、その在り方は変わらぬ。
「………………」
「どないしたん、リーファちゃん?」
何時までも歩き出さない私を、シャラが不思議そうに見つめている。
……今の言葉は、誰に言われたんだっけ?
「うん、ごめん、行こっか」
私は再び、足早に家までの道を歩き出した。
そうだよ。私がどんな姿をしていたって、いいじゃないか。
多くの人たちに救われた命を、最後まで全うするだけだ。そこに違いなんて無い。
ふと、気になって視線を向けた先には右手の薬指。
そこには姿も知らぬおばあちゃんの形見である指輪が、誇らしげに光っていた。
これにてリーファちゃんの物語は終了となります!
皆様、これまで毎日お付き合いを頂きありがとうございました!
彼女の未来がどうなるかは、皆さんの想像にお任せいたします。
次回作については大まかに決まってはいるのですが、少しだけお休みを頂こうかと。
何しろ、毎日ぶっ通しで五ヶ月半も続けましたからね(笑)
ユリナ・オンラインの方は週一ですが続けますよ!
よろしければ、本作に感想や評価を頂けますと幸いです。
それではまた!