第一七九話「幕間:天使たちの見た地獄」
※三人称視点です。
智天使クシエルは、先程『ニガヨモギ』を消し飛ばした光の発生源を目指し、大軍の最後方を飛んでいた。
「アレを消し飛ばしたことには驚きだが……、居場所が分かったからにはそこを叩けば良いだけのこと。我等の脅威となる聖女リーファよ、俺が直々に殺してくれるわ」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを貼り付けながら、クシエルは目指す西南西の森に向かってそう嘯いた。
「クシエル様! 畏れながら進言いたします! ここまで密集していては聖女の攻撃を受けた時に耐えられません!」
クシエルの側を飛ぶ主天使の一人が、組織のトップにそう上申した。彼の言う通りであり、密集陣形では範囲攻撃を受けた時に耐えられないだろう。
「今は一時も早く聖女の所へ急ぐべきだ。先程何かが飛んでいくのが見えたが、恐らくメタトロンだろう。彼奴らが合流する前に叩かねば、厄介な事になりかねん」
「……はっ、出過ぎたことを申しました! 申し訳御座いません!」
「構わん」
クシエルは短く部下にそう告げると、気分を害された様子も見せずに、再び黙って飛び続ける。
(それに、貴様等は壁になって貰わねば困る。広範囲に広がって、俺が狙われてしまっては困るだろうが)
本心を隠しつつ、クシエルは小さく鼻を鳴らした。集団が壁になってさえくれれば、『聖別されし者』を持つクシエルが真っ先に狙われることも無いのだ。
そして飛び続けること一時間、そろそろ目的地の近くとなった時に、彼の居る後方に伝令の能天使がやって来た。
「申し上げます! 標的を発見しました! なお、標的は単独でこちらへ武器を向けており、抗戦の姿勢を取っております!」
「ふん、無駄なことを。この軍勢相手に一人で何が出来るというのだ。早々に捕縛し、俺の前へ連れて来い」
「はっ!」
(それに、奇跡が使えるとは言え、相手はたかが人間の娘一人だ。天使を殺すことに抵抗があるだろう)
クシエルが嘲笑と共に命令を告げ、伝令が踵を返そうとしたその時。
突如として、彼らの眼前に燃え盛る巨大な炎の玉が現れた。
「なっ!? かっ、回避しろ! 回避――――っ!」
クシエルが、慌てて低空に移動しつつそう叫んだ。
しかし、高速で移動する運動エネルギーの方向を変えることなど、容易い事では無い。多くの兵たちが何も出来ず、絶叫を上げながら目の前の火球に飲み込まれて行った。
天使たちは炎でコーティングされた後、墜落して行き、森の中へ次々と突っ込む。炎は不思議なことに木々へと引火する事も無く、ただ苦しみに喘ぐ彼らの身体だけを焼いていく。
「おい、なんだこれは? 聖女と呼ばれている女が、虐殺をするというのか? くそっ! 止まれ! 止まって散れ!」
密集していることの恐ろしさを実感したクシエルは、急ぎ散開の命令を下した。
だが、次の奇跡は既に用意されている。
「次、何か来ます!」
クシエルの側近が叫んだ直後。
炎の玉ごと包み込むような、神気の嵐が吹き荒れだした。嵐は炎を取り込み、真っ赤に染まる。嵐に触れてしまった天使たちは、声を上げることも出来ずにその中へと消えて行った。
「くっ……! 限界まで散って、術が終わったら取り囲んで攻撃しろ! これ以上撃たせるな!」
最早兵の半数以上が炎に飲み込まれてしまったが、まだまだ数ではクシエル側に利がある。例え敵が近くに隠れていようとも圧倒できると、クシエルは踏んでいた。
そして嵐が収まり、四方から生き残った能天使兵たちが聖女を目指して降下する。
だが、突如彼女の周りに生まれた金色の光が触れた途端、兵たちは次々と墜落して行く。次の奇跡が放たれたのだ。
「……なんだ、なんだこれは? なんなんだ、あの化け物は? 『聖別されし者』などより、ヤツの方がよっぽど脅威ではないか!」
そう、恐怖に震えるクシエルだった。が、途端に面白いものを見つけたかのように、彼の口角は上がった。
標的の聖女が、膝をついているのである。
「ヤツは力尽きたぞ! 今だ! 今しか無い!」
そう叫んで、クシエルは残った兵たちと共に自らも聖女の元へと突っ込んで行ったのだった。
◆ひとことふたこと
舐めプしていたらえらいことになったクシエル陣営。
狩る時には全力を出さなきゃ駄目ですね!
今回リーファちゃんは三つの奇跡を使いました。
果たしてどれがどれだか分かりましたか?
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次回は明日21時半頃に更新予定です!