第一七八話「そんな理由なら、もう容赦する必要は無いよね」
「主よ、暗き葦の灯火を今一度輝かせ給え、〈復活〉!」
メタトロン様の傷も中々だったけど、もう一人の御前の天使ハニエル様の容態が危険だったので、迷わず神術ではなく奇跡を使って回復させた。お二人の傷はみるみるうちに塞がってゆく。
「助かった、リーファ。……だが、お前はもう、奇跡を使わないんじゃなかったのか?」
「このような状況で手段など選んでいられませんよ。それに、覚悟もとうに決まっているのです」
「……そうか、感謝する」
メタトロン様は色々と負い目がある所為なのか、私に対して深々と頭を下げた。大部分はメタトロン様の所為じゃないのだけど、神国の事実上トップのお方だし責任は取らないといけないのだろうね。
「う……う~ん……、あれ? メタトロンが居る? アタシ、神の御許へ行ったんじゃなかったの?」
「よう、起きたかハニエル。聖女が治してくれたぞ」
「え? マジ? 聖女?」
ハニエル様が目を覚ましたようだ。彼女の金色の髪は私と同じくウェーブがかかっていて、おでこが見えているのが特徴的だ。まだ起きがけでぼーっとしているけど、大きな瞳は蠱惑的で男を惑わせそうな魅力がある。それにしても喋り方が何処となくサマエルさんに似ている。それとおっぱい大きい。背が低いのに。天使と言うよりは魔女っぽい黒基調のワンピースの胸部分がぱつんぱつんである。
「ありがと~聖女様! マジ助かって超感謝だって! 愛してる!」
「わぷっ!? んむっ、んむむむむ……!?」
ガバッと起きたハニエル様は、突然抱き付いてきたと思ったら私にキスの雨を降らせてきた!? ちょっと! こういうのって神に背く行為じゃないの!?
「なっ!? ちょっ、リーファちゃんから離れんかい! この色ボケ天使が!」
「なぁによ~、アンタ羨ましいの? しょ~がないな~」
「う、羨ましいとかやのうて……んむむ!?」
……私が解放されたと思ったら、今度はシャラにディープキスしてる。なんだこの天使。ホントに御前の天使なの? キャラ濃いな……。
「その辺にしとけハニエル……。リーファ、さっきは『ニガヨモギ』を止めてくれたようだな。重ね重ね、感謝しか無い」
「やはり、それでここまで飛んで来られたのですね」
「ああ、あれを止められるとしたらお前しか居ないだろうからな」
まあ、そうでしょうね……。私の他に奇跡が使える人が居るなら兎も角、居ないだろうし。
「で、メタトロン、状況どんな感じ? ウチらの兵は?」
放心しているシャラを放置して、ハニエル様は普通に話へ割り込んできた。シャラ、可哀想に。
「俺たちを除いて全滅だ。既にあれから二日以上経っていて、二度、星は落とされている。一度目は落ちたが、二度目はリーファが消し飛ばしてくれた。間を考えると、再度落とすのに二日程掛かると見て良いな」
「マジで? 聖女凄いじゃん! しっかし全滅かぁ~。だから周辺国になんて配慮せずに派兵しろって言ったじゃん」
ぶーぶーと文句を垂れるハニエル様。メタトロン様は苦々しい表情で「返す言葉が無ぇな」と項垂れている。
「あの、メタトロン様。何故、敵はそれほどまでに数が多いのでしょうか? 如何な天使とて、堕天するリスクを抱えてまで世界を滅ぼす等という事に賛同などしないと思うのですが」
私は、先程シャラと二人で考えていたことを問うてみた。一体クシエルは何をもってあそこまで多くの兵を率いることが出来ているのか。
「ああ、それか……。うちの恥部を話すようで憚られるんだがな……」
「恥部、ですか……?」
え、まさか……?
「実は俺も気になって、ハニエルを抱えて潜伏中に、一人敵の兵を尋問してみたんだよ」
メタトロン様は追手の能天使を逆に捕らえ、何故に『聖別されし者』を奪おうとしているのかを聞いた、らしい。
「奴らは、神国の改革、それと領土拡大の為に行動していた。世界を滅亡させるなんてハッタリだったのさ」
「……紛れもなく、欲に従って動いていたということ、ですか?」
信じられない。天使たちはそんな事をすれば堕天すると分かっている筈なのに。
だが、そんな考えを持っている天使が堕天しない現状を見て、神に何かが起こっていることに彼らも気付いたのだろう。それからは抑圧された欲望が解放され、神国、いや、神への反逆が起こっているという訳か。
「その通りだ。俺たち御前の天使が事実上国を率いているのが面白くない、たかが一二枚の翼を持って生まれただけで上に立つということが面白くない、そんな神国の在り方は間違っている、とな」
「……そんなことで、他国に『ニガヨモギ』を落とし、大勢の人を死なせたというのですか」
「そうなるな。カマエルも真実を知らなかったということは、踊らされていただけなんだろう。奴等は『聖別されし者』を持つことで、神国を乗っ取った後に他国への圧力とするつもりと見える。何故奴等が堕天していないのかは分かっていないがな」
……なるほど。話は分かった。
つまりもう、容赦などする必要は無いということなんだな。
「二人とも、お話中悪いんだけどさー」
「なんだ、ハニエル」
「たぶん天使の集団が、こっちに向かって来てる」
私とメタトロン様が、ハニエル様の指さす方向へ視線を向ける。……あ、シャラも復活してる。
見れば東北東の方向からは、南からの光を浴びてキラキラと輝く金色の集団が、こちらを目指して飛んで来ていた。まだサンダルフォン様が派兵した隊が届いている筈が無い。となれば、あれは間違い無く敵、だろう。
「……メタトロン様、ハニエル様、シャラ、初撃は私に任せてください」
私はそう三人へ告げると、長杖を強く握り締め、遠き反逆の天使たちを睨みつけた。
「リーファ、顔が怖いぞ」
「……乙女に向かって、些か酷い言い方ではありませんか? メタトロン様」
失礼な事を仰るメタトロン様に向かって、目を細めながらそう応える。御前の天使の筆頭は、少し顔を引き攣らせていた。
人や亜人を殺したことはある。盗賊や山賊相手だったけど、その時は不思議と特別な感情は湧かなかった。私はもしかすると、そういう人間なのかも知れない。
でも、それならば都合が良い。
これからする事は、天使の大量虐殺なのだから。
私はそんな事を思いながら、ゆっくりと長杖の先を大群へと向けた。
◆ひとことふたこと
堕天しないが故に抑圧から解放された天使が神に背いていた、それが真実でした。
タガが外れるとこんなもんです。
ブチ切れリーファちゃん再び。
今度は本当に怖いぞ!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!