第一七七話「火中の栗を拾いに行こう」
二発目の『ニガヨモギ』消滅後、私たちは近くの大きな川まで来ていた。ベートさんは護衛を遠慮していたんだけど、方向が同じだったので結局一緒に来てしまった。
「それじゃあ、二人とも気を付けて。リーファ、あまり無理をしては駄目よ」
「はい、ベートさんもお元気で」
「また会おうな、ベートさん」
互いに別れを告げた後、ベートさんは川へ吸い込まれるように消えて行った。飛沫一つ立てないのは魔法ではなく、生まれ持っている技術なのだろう。この川の流れだと、彼女は東の海に向かうのだろうか。
「さて、また二人になってもうたな」
「そうだね。……クシエルの兵が来るまでに、作戦を練っておこう」
相手は天使だ。空を飛んでくる為、圧倒的に向こうが有利ではある。
けど、逆に言えばその飛んでくるのをなんとかすれば、私たちにも勝ち目はある訳で。
「どうする? うちが攻撃する? 〈彗星〉なら飛んでる相手に有利やで」
〈彗星〉か。確かに空から魔力の弾を落とすのは効果的ではあるけど……
「撃ち漏らしたら接近されて不利になる。私たちは魔術師だからね」
「リーファちゃんは近接も出来るって、アナスタシアさん言うてたで?」
「ちゃんと訓練してる兵士には勝てないよ……」
いくら私が剣の修行もしているとは言え、本職相手に勝てる訳が無い。瞬殺がオチだろう。
「私よりシャラの方が防壁も得意でしょ? シャラが守り、私が奇跡で攻撃の方が良くない?」
「〈神域〉とか使われたら、魔術防壁も紙切れになるで」
あ、そうか。近づかれた後に魔力の術式を許さない神術〈神域〉を使われたら防壁が壊れる。だとしたら……私が神術か奇跡で防御、シャラが攻撃の方がいいのか。
「いっそのこと、二人でぶっ放すのもええかも知れんな。撃ち漏らしが無いように」
「物騒だね……、でも、今更か」
傷つけることを恐れていては、勝てるものも勝てない。覚悟を決めたんだろう、リーファ。
……でも、気になるのは――
「そう言えば、さっきも話したけどさ、どうしてクシエルの部下たちは無茶な命令に従っているんだろうね?」
「そやなぁ……。あれやないの? アザゼルさんもそうやったって聞いとるけど、呪いを掛けられとるとか?」
「呪い、かぁ……」
確かにラファエル様からは、クシエルは手段を選ばないと聞いているけれど、まさか神術とは正反対の呪いなんていう手段を使ったりするだろうか? だとしたら、どうやって部下全員に呪いを掛けたのか? ということも気になる。
「呪いじゃなくて、シャラが掛けられていた魔術なのかも?」
「その可能性もあるなぁ」
かつて女神だった頃のシャラは、大悪魔ベリアルに魔術を掛けられて意のままに操られていた。呪いとは違う力だけど、魔術的な制約というのは呪いのようなものだ。
でもやっぱりその手段も、大勢に掛けるとなると限界がある。それに失敗すると呪い同様、自分が魔術に掛かってしまう恐れもあるのだ。
二人で可能性についてうんうんと唸っていたその時。
少し坂を登った辺りの所から、轟音が鳴り響いた。
「な、なんや!? 襲撃か!?」
「あそこは……私が奇跡を放った場所……かな……」
轟音の正体は分からない。まさか砲撃? いやいや、天使がそんなもの用意して飛んで来たとは思えないし、遠方から正確無比にあの場所を狙えるとも思えない。でもあの音からすると、もの凄い速度で何かが突撃したような――
……まさか?
「ねえシャラ、様子を見に行ってみない?」
「はぁ!? 正気かリーファちゃん、また狙われたら飛んで火に入る夏の虫やで!?」
「たぶん、攻撃じゃない。その証拠に、近くに天使の姿は無い」
うん、空を見ても、誰も居ない。ならばこれは攻撃ではなく――
「あ、ちょっと! リーファちゃん!」
私はシャラの声も待たず、坂道を駆け足で登り始めた。
そして、到着したその川の側には、大きな陥没が生まれており、その中心には――
「……やはり、そうでしたか」
「よう、リーファ……に、シャラ? 取り敢えず、傷を、治してくれねぇか……?」
メタトロン様は気を失っているもう一人の御前の天使を抱え、息も絶え絶えといった様子でそう懇願してきたのだった。
◆ひとこと
〈神域〉を使われると魔術は使えなくなります。
なので神術と魔術の対決だと圧倒的に神術が有利。
奇跡はどっちにも圧倒的に強いので、ジャンケンにはなりません。
--
次回は明日21時半頃に更新予定です!