第一七六話「放たれたのは創世の光、そして私は何かを思い出す」
「リーファちゃん、あれってまさか……」
シャラの言葉も固い。
「うん、『ニガヨモギ』だ。あれが落ちたら……」
そう、あのままあれが落ちたら、シュパン村は地図から消えて無くなるだろう。クシエルが『聖別されし者』で二発目を放ったのだ。
「『ニガヨモギ』……?」
事の重大さに一人だけ気付いていないベートさんは、空から落ちる妙な名前の物体に首を傾げていた。どうやら彼女はあれを知らないらしい。
「……天上に浮かぶ星の一種で、あれが落ちた場所は猛毒に冒されます。水も、大地も」
「なんですって!? ……まさか、先日の大地震は……」
「はい、ここより南の山を越えた土地に、あれが落ちました」
ベートさんはすぐに大地震との相関に気付いたようだ。勘の鋭いお方だ。
「でも、今回は落とさせません」
私はそう言って、遙か北にある物体へと長杖を向けた。初回は落とされてしまったけれども、このまま黙って見ているつもりはない。
ここで大きな奇跡を使ったらクシエル側に居場所がバレてしまう可能性があるけど、構うものか。
「主よ、創造の光であるべきはじめの姿へと揺り戻し給え! 〈光あれ〉!」
奇跡の術式が展開されると共に、私の長杖の先から眩い光が放たれる。その光は放射状に広がり、空からシュパン村を目指そうとしていた『ニガヨモギ』を包み込む。
創世の光が放たれていたのは一〇秒程だっただろうか。光が収まった後には、何も残っては居なかった。どうやら成功したようだ。
「ふぅ……、はぁ……」
「リーファちゃん、大丈夫なん?」
「う、うん、ちょっと疲れただけ……」
心配そうなシャラを安心させる為、私はにっこりと微笑みを返した。〈メギドの丘〉以上に強力な奇跡だったから、かなり消耗してしまった。神の純粋な神気も結構取り込んでしまったかも知れない。また身体が神に近づいてしまったかなぁ。
「あんな巨大な物体を、消し去るなんて……」
「消し去る……と言いますか、光の当たった場所を主が創り給うた元の姿へと戻したんです」
「何にせよ、規格外の力ね……。なるほど、神の奇跡、か……」
ベートさんは再び目の前で起きた信じられない光景に、呆然と呟いているだけだった。私としてもここまで規格外の力を使ったのは初めてです。
「けど、これでクシエルやシャムシエルさんたちに居場所が知られたかも知れんなぁ」
そう言ってシャラは、困ったように遠くの空を見回している。恐らくクシエルは東北東の方向に、シャムシエルたちは西北西の方向に居り、光が放たれた場所についても把握しているだろう。ここは腹を括り、双方対応するしか無いか。
「シャムシエルたちは説得するとして、クシエル側の兵が来た時、どうするかな」
「まあ、戦うしか無いやろうな。けど、なんであっちの下っ端天使は世界を滅ぼすなんて無茶な命令に従っとるんやろうな?」
「……そこが何とか出来れば、逆転のチャンスはあるかもね…………ん?」
何か視線を感じると思ったら、ベートさんが私たちを睨んでいた。置いてきぼりにしてしまってゴメンナサイ。
「そろそろ、何が起きているのか教えてくれない?」
「……そうやな。リーファちゃん、ベートさんにも教えといた方がええやろ」
「そうだね……えーと……」
私とシャラは、一部の天使たちが世界を滅ぼそうとしていること、そしてあの『ニガヨモギ』はその為に落とされていること等を話した。全部が全部話すとなると時間が掛かるので、掻い摘まんで。
話を聞き終わったベートさんは、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。話の内容を理解したようだけど、納得はしていない様子だ。
「天使が……世界を滅ぼす……? だとしたら、主は何故それを放置しているの……?」
「……それもそうですね。それに、明らかに神に背く行動であるのに、彼らは未だに堕ちてはいない」
……もしかすると、我等が主には、手を下せない理由があるのか?
――汝がその役目を終えぬ限りは、我も引き続き力を貸すことであろう――
「うっ……?」
記憶に無い筈の何者かの声を思い出し、頭痛に膝をついてしまった。
今の声は一体何なんだろう。でも、何処かで聞いたような気もする。一体何処で――
「なんや、どないしたんやリーファちゃん? 大丈夫なんか? さっきの奇跡のせいなんか?」
「へ、平気、ちょっと眩暈がしただけ……」
そう、おろおろと心配するシャラに作り笑いを返した時には、既にその声が何を語っていたのかを忘れてしまっていた。
一体、何を言われたんだっけ――
◆ひとことふたこと
「光あれ」は世界創造における、神の初めの言葉ですね。
この言葉で文字通り、世界に光が生まれたのです。
それまでは闇しか無かったんだそうな。
大事な言葉を思い出しかけたリーファちゃんですが、また忘れてしまいました。
リーファちゃんの役目とは、一体?
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