第一七五話「ドーンと行きますよ、ドーンと」
不安は杞憂だったらしく、シャラと交代でしっかり六時間の仮眠と食事を摂った後、私たちはベートさんと一緒に地底湖をぐるりと迂回するような形で歩き、再び地上を目指すべく登り続けた。ベートさんも裸のままは私たちが気まずいので、取り敢えずコートを纏って貰った。
ベートさんが歩くことにそれほど慣れてはいないので休憩しながらとはなったものの、私たちはようやく外の光へと辿り着くことが出来たのだ! ああ、久しぶりのお外で心が躍――
「………………」
「………………」
私とシャラの二人は、目の前を塞いでいる崩落現場を前に、沈黙していた。
「ね? こうなってて、ここからも出られないのよ」
「……確かに、これは出られませんよねぇ……」
大きな溜息を吐くベートさんの話に、私は大いに納得した。崩落した岩はほぼ天井まで届いており、これでは水を得意とする神獣の力では出ることが出来ないんだろう。
でも、私なら出来る。
「リーファちゃん、いける?」
「うん。シャラは外に何か居ないか魔力探知をお願い。大怪我させちゃうからね」
要領を得ないシャラの質問にも、意図を理解した私はそう返す。こんなのは奇跡で何とか出来るのだ。
「え、貴女たち、まさか壊す気? 無理じゃない?」
驚きと呆れが入り交じったような、そんな視線を向けてくるベートさんの手を取り、少し後ろへ引っ張った。危ないからね。
「リーファちゃん、大丈夫。なんもおらんよ」
「分かった。じゃあシャラも下がって、危ないから」
シャラが下がったのを見届けて、私が先頭に立ち、長杖を構える。崩落した岩を吹き飛ばさねばならないので、使う奇跡は一つしか無い。
「主よ、どうかそのお力で、正しき怒りを示し給え、〈怒り〉!」
奇跡の術式が展開し、猛烈な圧力が崩落現場を叩く。轟音と共に岩の群れは軽々と私たちとは反対側へ吹っ飛んだ。それと同時に、外の光が差し込む。ずっと暗い所に居たから眩しい。
「………………なにこれ」
「ベートさん、口開けとったら砂入るで」
ぽかんと口が開けられたままのベートさんの顎を、シャラがトントンと叩いていた。
洞窟の出口は、岩肌ばかりだった反対側のラウ山とは違い森が広がっていた。ここは山の麓なんだろうか?
「リーファちゃん、うちらどっち方向に歩いとったんや? 西側?」
「いや南東に歩いてたよ。ここはラウ山の南東にある山の麓かな?」
遙か北西にシュパン村、北にベンカーの町が見える。ここからならシャムシエルたちにも見つからず、クシエルも横から不意打ちが出来るだろう。もう少し移動したら待ち伏せかな。
「で、リーファ。外に連れ出してくれたのは有難いんだけど、あの力は一体何?」
我に返ったらしいベートさんに詰め寄られた。まぁそうなるよねぇ。
「え? あ、あー……神の奇跡です」
「はぁ?」
お前何言ってんだよ的な目で見られたので、観念した私は奇跡を行使出来るようになった経緯を話した。ついでに元男であることも。
「主の神気を使って、人の子が奇跡を起こすなんて……あり得ない……」
「実際に目の前で起こったことやで」
「そうなんだけど……」
神獣の娘だし思う所もあるのだろう。シャラの無情な言葉に、ベートさんは頭痛を堪えるように頭を押さえている。
「……まぁ、いいわ。取り敢えずあたしは川に戻るわね。外へ出してくれてありがとう」
「あ、川まで護衛しますよ」
「そこまで世話になる気は……ん? 何、あれ」
私の申し出を断ろうとしたベートさんは、言葉を切り、北の空を指さした。私とシャラも揃ってそちらを見上げる。
「あれは……!」
見れば、遙か北にあるベンカーの町。その上空。その光景を見た私はそう叫ばざるを得なかった。
そこには、斜めにゆっくりとシュパン村を目指して落下する『ニガヨモギ』がはっきりと見えたのだから。
◆ひとこと
やっと外に出られたと思えば、降ってきたのはニガヨモギ。
リーファちゃんはコレをどうにかできるのでしょうか?
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次回は明日21時半頃に更新予定です!