第一七二話「シャラと二人で洞窟探検と洒落込みますか」
「着いたぞ。ここから先は、我等も滅多に足を踏み入れん領域じゃ」
居住区域の防衛の為に造ったのか、目の前には大きな鉄の門と見張りの地竜が二頭。見張りたちはペル殿下の突然の訪問に、慌てた様子で這いつくばるように頭を垂れた。竜人姿だと敬礼に当たるんだろうか。
「地図ですと、この辺りですね……。まだまだ先は長そうです」
私はシャラにも見えるように地図を広げながら、自分たちの居る場所を指で示した。一応見張りさんが居るので聖女モード。
「途中はいきなり狭くなったり、容易には登れない段差があったり、先の地震で崩落した部分があるかも知れんし、その所為で地図に載っていないような魔物が出るかも知れんが、まあ頑張るのじゃ」
「…………はい」
本当に、他の手段は無かったのだろうかとも思ったけど、まあでも、仕方有るまい。
「それでは殿下も、どうぞご無事で」
「殿下、行ってきます、お土産買うてくるわー」
「うむ、十分に気を付けるのじゃぞ。――開門!」
殿下の一声で、見張りの地竜たちが仕掛けを動かして門を開け放った。奥は何てことは無く今までの洞窟が続いているように見えるものの、気を引き締めて行かねばなるまい。
私たちが平穏から不穏の境界を通り過ぎると、再び門は閉じられた。これで、後戻りは出来ない。
「さて、じゃあ行こうかシャラ。二人旅は二回目だね」
「そうやな。まあ、もううちはリーファちゃんから離れられんようになってもうたから、幾らでも二人きりになれるんやけどな」
そう言ってきゃあきゃあと喜んでいるシャラ。……まあ、本人がそれで良いなら良いんだけど。
魔道具の灯りを頼りに暫く道なりに進んで行くと分かれ道。これは地図上に存在しているので、示された道の方へ進む。殿下の仰っていたように、地震による崩落で道が変わっている可能性もあるし、慎重に進まないと奈落へ落ちたりする可能性もある。気を付けねば。
シャラはいきなり魔物に襲われたりしないよう、隣で魔力探知をしながら歩いている。前後左右だけでなく、巨大蚯蚓等は上下から襲い掛かってくる可能性もある為、常に四方八方へ気を配らねばならない。非常に疲れる迷宮だね、ここは。
「リーファちゃん、前方から何か来とる。小さい反応やから、巨大蚯蚓では無さそうやけど……」
「私が神術防壁を張るから、シャラが攻撃をお願い」
「了解や!」
私は攻撃魔術が下手っぴなので防御に徹した方が良い。シャラが魔術防壁を張って私が神術で攻撃するという手もあるけど、どうせならお互いの得意分野を活かした方が良いしね。
やがて魔物らしき影が見えてきた。大顎を持つ白い大型の甲殻類である。この顎に挟まれたらたぶん身体が真っ二つになるなぁ。
「聖霊よ、何人たりとも通さぬ守りをここに、〈聖壁〉!」
丁寧に編み出された神術防壁は私の膨大な神気によって鋼鉄の守りと化し、魔物の大顎を難なく弾いている。よしよし、久しぶりの戦いだったけど問題無さそう。
「そら、上から下から挟み込んでまえ! 〈圧殺〉!」
射程範囲が短いのだろう。しっかりと防壁境界まで近づいたシャラの高等攻撃魔術が発動する。堅そうな魔物が段々と上からひしゃげていき、そして最後には押し潰されてしまった。こわっ!
「なかなか怖い魔術を持ってるね……。と言うか、シャラの魔力って、何処から出てるの?」
「うん? 依り代からやで?」
「……私じゃん」
道理で魔力が身体から出て行く感覚があると思ったよ。そりゃ自身だけで実体を保てない精霊なんだし当然だった。
「それにしても、ここには魔物が出没するって書いて無いんだけど……、やっぱり、地震で棲息域が変わっちゃったのかなぁ」
「その可能性はあるなー。慎重にいこか」
「そうだね」
地震で一部が崩落したり穴が空いたりして、魔物たちが住処を追われているのかも知れない。となれば、この地図を信頼し過ぎるのも良くないだろう。
暫く似たような魔物たちを退けていくと、地図上にも存在する広いホールに出た。
「えーっと、このホールは真っ直ぐ進んでしまうと巨大蚯蚓の住処に出ちゃうみたい。右側の壁沿いに進め、とあるね」
地竜ならば兎も角、人間と精霊という矮小な存在が巨大蚯蚓を相手取るのは些か辛い。ここは地図のコメントに従って回避すべきだろうね。
「……でもリーファちゃん。右側の壁沿いなんやけど、足元崩落しとるで」
「………………」
ホントだ、崩落してる。思わず絶句してしまった。たぶん落ちたら奈落ってヤツだ。
「うちは〈飛行〉で飛べるけど、リーファちゃんはもう覚えた?」
「う、ううん。まだ覚えてない」
「なんでや……、前に覚えてへんかったから困ったやろ……」
うぅ、呆れられてしまった。私の得意分野は防御系や付与系の魔術だけど、そればっかり伸ばしているといざという時に困る羽目になる訳だなぁ、今みたいに。
「仕方ない、左の壁沿いは穴が空いていないみたいだし、そっちを進む?」
「そっちは地図に書かれとるんか?」
「ううん。でも巨大蚯蚓はちょっと勘弁だよねぇ」
「せやなぁ……まぁ、少々博打になるけど、しゃあないか」
二人揃って溜息を吐き、左側に手を付くようにして壁沿いを進む。
すると、程なくして壁は右側へカーブを描き、そして再び直線の壁が続いていく。感覚頼りになるけれども、恐らく今右側の方に巨大蚯蚓の住処がある筈だ。
「……上手く回避出来たのかな?」
進みながら安堵していたその時、いきなり背後のシャラから肩を掴まれ、思いっきり引っ張られた。
「きゃっ――」
と、驚く暇も無い。
目の前を右側から左へ、大きな何かが通り過ぎる。左側の壁は難なく突き破られ、轟音が鳴り響く。
「うちらを守れ! 〈広域護陣〉!」
シャラの機転により展開された魔術防壁が私たちを包み込む。その直後、通り過ぎたと思われた筈の何かがゾロゾロと牙の生えた大きな口を開けて防壁へと囓りついた。が、シャラの魔術はビクともしない。流石元女神、こんな化け物の攻撃も難なく防ぐとは。
しかし――
「……これ、巨大蚯蚓?」
「せやな……。しかも…………」
名前の通り、身体の幅だけで私たちの身長と同じ位ある巨大な蚯蚓。
其奴等は二匹で、シャラの魔術防壁に囓りついていたのだった。
◆ひとことふたこと
精霊になったとは言え魔術の知識は持ったままのシャラですので、リーファちゃんの膨大な魔力タンクで好き放題やれるようです。
攻撃魔術が得意なシャラと防御魔術が得意なリーファちゃん、良いコンビです。
ただでさえ相手をしたくない巨大蚯蚓が二匹。
果たして二人はこの中ボスを倒せるのでしょうか?
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次回は明日21時半頃に更新予定です!