第一七一話「まさか再びこの姿を見られる日が来るなんて思わなかった」
「来たか」
私が来ないことなど全く考えていなかったのだろう。ペル殿下とお付きのメイさんは、地竜族の居住区、その少し奥まった所で当たり前のように待ち受けていた。ここまでの分かれ道は細いものしか無かったので恐らくここだろうと思って歩いてきたけど、正解だったか。
「……って、え、えぇっ!?」
私は更に、メイさんの横に控えている人物――いや、人じゃなくて精霊なんだけど――を見つけて、驚きの声を上げてしまった。
「喧しいぞ聖女。夜も更けておる。地竜とて夜は眠りについておるのじゃぞ」
「も、申し訳ございません……で、でも、えぇっ!?」
そこには見まごうことも無い、いつか女神だった頃の姿をしたシャラが居たのだ。
「リーファちゃん、あまり大声出したらあかんで? 殿下の仰る通りや」
「驚きもするでしょ……。なんでシャラが元の姿に戻ってるの? 神格を取り戻したとか?」
シャラは一年半くらい前に女神としての肉体を失い、その半年後に精霊としての半霊体を得て、幼児の姿で復活した。だけど、目の前に居るのは紛れもなく失った肉体と同じく、私と同じ年頃の姿である。
「いやいや、神格は取り戻してへんよ、精霊のままや。殿下がシュパン村の避難の時に、お手持ちの竜玉へ紐付けてくれたんや」
「うむ。つまり今のシャラは竜玉の力で生きておるということじゃな」
どうだ見たか、とばかりにふんぞり返るペル殿下。……なんというか、とんでもないことをするな、この地竜王女。
精霊であるシャラは、自らの身体を維持する為に何か依り代を持っている必要がある。今までそれは一本の若い樹だったのだけれども、魔術で依り代を変えたというのか。で、依り代の力が十分だから、シャラの姿も元に戻っている、と。
「はあー、つまりこれからシャラは、その竜玉と離れることは出来ないんですね? なんと言いますか、それも不便そうですが」
精霊は常に依り代の近くに居なければならない。逆の言い方をすると、依り代自体から離れようとしても離れられないのだ。
そして、竜玉とは古竜の秘宝とも言える物と聞いたことがある。そんな存在に結びつけられてしまったら、自由も利かなくなるよねぇ。
しかし、私の質問に「お前は馬鹿か?」とでも言いたげな顔を見せる殿下。何というか、……ちょっと腹が立つお顔だ。
「何を言うておる。竜玉には一時的に紐付けたに過ぎん」
「えっ。と、いうことは――」
「結べ、そして移せ。〈転霊〉」
私がその先を聞こうとするのを無視して、殿下が私の知らない魔術を行使した――途端、ドクンと自分の心臓が跳ねる音を聞いた。
「うっ…………?」
一瞬不快感と眩暈に襲われ、よろめいてしまう。が、シャラが肩を支えてくれた。
「リーファちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫……、ありがと。何、今の……」
まあ、十中八九、殿下の魔術の所為だと思うけど。その証拠に殿下は「うむ、成功じゃな」とうんうん頷いている。
「あの……、まさか、私の生命力にシャラを紐付けたんですか?」
「そうじゃぞ? これから行く所は、一人じゃと危ないからのう」
……つまり、今私にはシャラが取り憑いているような状態なのか。死霊じゃなくて精霊だから、取り憑いているというのは少し違うけれども。
「私の生命力、保つかなぁ……」
「なに、違和感は精霊を結びつける最初の時だけじゃ。存在の維持にはそれほど力を使わんから安心せい」
そーなのか。でも、これで私とシャラは一蓮托生になっちゃったような……?
「えーと……、これって、私に命の危険があったら……」
「シャラも死ぬのう。なので、頑張るのじゃぞ」
「頑張るんやで、リーファちゃん」
「……シャラ、他人事みたいに言わないでくれる?」
ケラケラ笑うシャラに、思わずびしっと突っ込みを入れてしまった。一回死んでるからここら辺の感覚鈍くなってるんじゃない?
「さて、シャラの移動が終わったところで、行くぞ、聖女よ」
そう仰って、殿下はさっさと踵を返して……って、そっち奥じゃありません?
「……あの? 殿下、そちらは逆ではありませんか?」
明らかに殿下は洞窟の奥の方へと向かっている。私は外に出たいんですけど?
困惑する私に、お付きのメイさんが無言で畳まれた一枚の大きな紙を差し出してきた。受け取って広げてみると……
「洞窟の、地図?」
そこまでお膳立てをされ、ようやく私は殿下の意図を悟った。
「……あ、なるほど……」
そうか、シュパン村方向にある洞窟の入口からはサマエルさんとの約束で通す事は出来ないし、外ではシャムシエルたちが巡回している。
けれども、洞窟は別の出口にも繋がっているのだ。そこから出るならばその懸念を吹き飛ばすことが出来るというわけだ。それにこれならクシエルの裏を掻くことも出来るだろう。
…………でも。
「あのー……所々『巨大蚯蚓』、『毒ガス注意』、『落ちれば奈落』とか、不穏な内容が書かれているのですが、これは一体……」
「うん? 注意書きの通りじゃが。道を間違えるなよ、本当に死ぬぞ」
え、えぇぇ……、もっと穏便な手段は無かったんですかぁ……?
◆ひとこと
というわけで、シャラの完全復活です!
一人で行くと危険なので、バディとしてペル殿下が準備したのですねー。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!