第一七〇話「告白、そして別れもやって来る」
夕方、村民が不便無く生活するための魔道具作りに精を出す母さんの手伝いが終わり、再びラファエル様の居る簡易診療所へ戻ろうとしたところ、頭に包帯を巻いたままのリリが出てきた。どうやらラファエル様に診て貰っていたらしい。
「あ、リーファちゃんだ」
「リリ、怪我の具合はどう?」
「うん、ラファエル様のお陰でだいぶ良くなったよ、心配してくれてありがと」
いつもより弱々しく笑うリリ。昨日の今日だし、本当はそんなに良くなっては居ないのだろう。傷痕とか残らなきゃいいけど。
「リーファちゃんこそ、殴られた所は大丈夫なの?」
「……うん、まあ、シャムシエルが思いっきりやってくれたけど、怪我はしてない」
どうやら私がシャムシエルに殴られたことをリリも知っているらしい。当たり前か、気絶している間にここへ運ばれたんだから。
「サマエルさんとシャムシエルさんに感謝しないとね、リーファちゃんを止めてくれたんだから」
そう言ってクスクスと笑うリリの様子に、ちくりと胸が痛くなる。
……私はこれから、この笑顔を裏切って外へ旅立とうとしているのだから。
「……ねぇ、リーファちゃん。ちょっとこっち、こっち」
「うん、何?」
何やら壁際に移動したリリからおいでおいでをされたので、私も大人しくそちらへ移動する。でも、リリは何故か、私からくるりと背を向けた。
リリの様子が、何時もと違う。顔は見えないけれど、何か神妙な雰囲気を感じる。
「私ね、リーファちゃんのことが好き」
幼馴染のハーフエルフは、背を向けて天井を仰いだままに、突然そんなことを告白した。
……うん、私も、リリのことは好きだよ。
ここでそう返すのは、たぶん正解じゃないんだろう。……鈍い私でも、そんなこと位は分かる。
「私ね、ずーっと昔から、リーファくんのことが好きだったの。女の子になってショックだったけど、でも、好きな気持ちは変わらなかったし、リーファちゃんが女の子のまま生きるって決めても、その気持ちはやっぱり変わらなかった」
「……うん」
嬉しいけど、悲しい気持ちになる告白に、ただ、相槌を返す。
たぶん今は、それが正しいのだろう。
「リーファちゃんが特別な力を使えるっていうことは知ってる。そして、もうこれ以上その力を使うと大変なことになるんだって、実は村のみんなは知ってるの。アナスタシアさんが教えてくれたんだ」
「………………」
母さんは、もう私に無理をさせまいと、村の皆に話してくれたのか。でも、それでも皆は私に責任を押しつけたり、戦えと言ったりしない。
……本当に、なんて温かい村なのだろう。
「……だからね、リーファちゃん」
勢いよく振り返ったリリは、そのままぎゅうっと私を抱き締めた。リリの早い鼓動の音が、私のそれと重なる。
「この先どんな事があっても、リーファちゃんは戦わなくていいの。だって、今までみんなの為に頑張ってくれたんだから。その結果どんな事になっても、私たちはリーファちゃんを恨んだりしないよ」
リリはそう言って少し身体を離すと、優しい眼差しで私を見つめた。その瞳は、涙で濡れている。
「……うん、ありがと――」
最後まで言い終わらないうちに、唇を塞がれた。それは短いキスだったけど、顔を離したリリは嬉しそうな、それでいて残念そうな表情を浮かべていた。
「あーあ、やっぱり、リーファちゃんをお嫁に出したりしたくないなぁ。女の子同士だけど、もう二人で結婚しない?」
「……それもいいかもね」
私は内心の気持ちを押し殺しながら、愛しい幼馴染に向かってそう苦笑して見せた。
……だって、それは――たぶん叶わないから。
そして、たぶんリリも……気付いているんだ。
「ただいまー」
「あら、お帰りなさいリーファちゃん。ラファエルさんは?」
「もう少しお仕事するって言ってた」
「そう……。忙しいみたいだし、心配ねぇ」
私たちの暮らす仮住まいの大きな竜人用テントで獣肉や魚の簡素な夕食を用意しながら、母さんは小さく溜息を吐いた。
「私としては、母さんも心配。みんなの為とは言え、魔道具作りも程々にしないと駄目だよ?」
母さんは毎日、洞窟でも皆の生活が楽になるよう限られた材料で魔道具を作っているのだ。それに加え、何かあった時の為に野草から薬も準備しているし、働き詰めなのはラファエル様だけではない。
「この位大丈夫よ。師匠の下で過ごした地獄の日々に比べれば、大したことないわ」
……たまに母さんの師匠、つまり私の大師匠様の話を聞くけど、一人で大型獣の棲まう山に放り出されたとか、古代迷宮を踏破させられたりとかしたらしい。そりゃ母さんも強くなるよ。母さんがそのスパルタ精神を引き継いでいなくて本当に良かったと思っている。
「……と、あれ? どうしたの、アンナ」
何やらアンナが私のお胸の辺りですんすん匂いを嗅いでいる。ここでは温泉も入れないし、そろそろ臭い始めたのだろうか。
「お胸から、リリお姉ちゃんの匂いがするー」
「えっ!?」
さっき抱き合ってたからかっ! は、鼻が良いなうちの妹はっ!
「あら、まあ、孫の顔が見られるのかしら?」
「見られません!」
突っ込みどころしか無い母さんの茶々に、私は頬が熱くなるのを感じながら喚いた。
ご飯も食べ終わり、一緒に身体を拭き終えたアンナを寝かしつける。こんな状況だけどうちの妹は旅行か何かかと勘違いしているらしい。大した子である。
「ねえ、おねえちゃあん……」
「はいはい、どうしたの」
毛布の中でもう意識を半分手放しながら、アンナは譫言のように私を呼んだ。しっかりしてきたと思ったけど、まだまだ子供だなぁ。
「アンナね……おねえちゃん、すき……」
「はい、お姉ちゃんもアンナが大好きです」
握った小さな手。私も同じ年の頃はこの程度の大きさだったのだろうか。
この手を守れるのならば、存在が認識されなくなることくらい何だと言うのか。
やがて「お姉ちゃんのお嫁さんに……」とか呟きながら寝入ってしまった妹から手を離すと、母さんも寝床へやって来た。
「あれ、母さんは今日、もう寝るの?」
「いーえ、まだお仕事です。ちょっとリーファちゃんに渡したいものがあってね」
渡したいもの? はて、何だろう? ラファエル様へ持って行く食事か何かかな。
と思ったら、「はい」と手渡されたのは、飾りも何も無いシンプルな白色の指輪だった。私なら薬指に入りそうな大きさだけど……。
「これ、指輪……? なんで?」
不思議に思った私が指輪を調べながら尋ねるも、母さんは何処か遠くを見るような目で天井を仰いだ。
「これはね、私のお母さん、つまりリーファちゃんのおばあちゃんにあたる人から貰った物ね」
「え……? それ、形見なんじゃ……」
私は手にした物のあまりに重い意味を知り、目を見開いた。
母さんの母さんに当たる、ヴィニエーラ帝国の大魔女ユーリヤ様が魔神と戦い、命を落とした話は聞いている。そんな物を託される意味って……。
「これはね、お守りとしてリーファちゃんに渡しておくわ。……リーファちゃん、行くんでしょう?」
「………………」
困ったような微笑みを見せる母さんに、私は何も言い返せなかった。
母さんは何もかもお見通しだったのだ。私はここに至り、母親という存在の凄さを改めて理解したような気がした。
絶句したままの私を、母さんはふわりと抱き締めた。小さい頃から嗅いできた、仄かな薬の匂いがする。
「私はもう止めはしないわ。娘の意思を尊重するのも親の務めですもの。だけど……絶対に帰ってきなさい?」
……そうだ。奇跡を使っていれば存在が認識されなくなる? だから何だ。
似たような困難なんて、今まで山ほどあったじゃないか。きっとどうにかしてみせる。
「……分かった、この指輪は、絶対に持ち帰るよ」
身体を離した母さんにそう告げると、私は落とさないように、右手の薬指にその指輪を嵌めた。
「魔力を感じるね……。古代遺物か何か?」
「恐らく、そうね。でも、効果を聞く前にお母さんは亡くなってしまったの」
「……そうなんだ」
まあ、大魔女の形見なのだから悪い効果は無いだろう。気にしないでおくとする。
「今夜、ラファエル様やシャムシエルたちには内緒で出発するんだ。……必ず帰ってくるよ」
私がそう告げると、母さんはいつもの笑顔を見せてくれた。子供の頃から見慣れている、でも、安心出来るその笑顔。
「ええ、私の大切な娘ですもの。信じているわ」
◆ひとこと
リリもアナスタシアも、リーファちゃんの決意に気付いていたということですね。
流石は幼馴染、そして母親です。
--
次回は明日21時半頃に更新予定です!




