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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第四章「聖女リーファ」
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第一七〇話「告白、そして別れもやって来る」

 夕方、村民(そんみん)不便(ふべん)無く生活するための魔道具(まどうぐ)作りに(せい)を出す母さんの手伝(てつだ)いが終わり、(ふたた)びラファエル様の居る簡易(かんい)診療所(しんりょうじょ)(もど)ろうとしたところ、頭に包帯(ほうたい)()いたままのリリが出てきた。どうやらラファエル様に()(もら)っていたらしい。


「あ、リーファちゃんだ」

「リリ、怪我(けが)具合(ぐあい)はどう?」

「うん、ラファエル様のお(かげ)でだいぶ良くなったよ、心配(しんぱい)してくれてありがと」


 いつもより弱々しく笑うリリ。昨日の今日だし、本当はそんなに良くなっては居ないのだろう。傷痕(きずあと)とか残らなきゃいいけど。


「リーファちゃんこそ、(なぐ)られた所は大丈夫(だいじょうぶ)なの?」

「……うん、まあ、シャムシエルが思いっきりやってくれたけど、怪我はしてない」


 どうやら私がシャムシエルに殴られたことをリリも知っているらしい。当たり前か、気絶(きぜつ)している間にここへ(はこ)ばれたんだから。


「サマエルさんとシャムシエルさんに感謝(かんしゃ)しないとね、リーファちゃんを止めてくれたんだから」


 そう言ってクスクスと笑うリリの様子(ようす)に、ちくりと(むね)が痛くなる。


 ……私はこれから、この笑顔を裏切(うらぎ)って外へ旅立(たびだ)とうとしているのだから。


「……ねぇ、リーファちゃん。ちょっとこっち、こっち」

「うん、何?」


 何やら壁際(かべぎわ)に移動したリリからおいでおいでをされたので、私も大人しくそちらへ移動する。でも、リリは何故(なぜ)か、私からくるりと()を向けた。


 リリの様子が、何時(いつ)もと(ちが)う。顔は見えないけれど、何か神妙(しんみょう)雰囲気(ふんいき)を感じる。


「私ね、リーファちゃんのことが好き」


 幼馴染(おさななじみ)のハーフエルフは、背を向けて天井を(あお)いだままに、突然(とつぜん)そんなことを告白した。


 ……うん、私も、リリのことは好きだよ。


 ここでそう返すのは、たぶん正解じゃないんだろう。……(にぶ)い私でも、そんなこと(くらい)は分かる。


「私ね、ずーっと昔から、リーファくんのことが好きだったの。女の子になってショックだったけど、でも、好きな気持ちは変わらなかったし、リーファちゃんが女の子のまま生きるって決めても、その気持ちはやっぱり変わらなかった」

「……うん」


 (うれ)しいけど、悲しい気持ちになる告白に、ただ、相槌(あいづち)を返す。


 たぶん今は、それが正しいのだろう。


「リーファちゃんが特別な力を使えるっていうことは知ってる。そして、もうこれ以上その力を使うと大変なことになるんだって、実は村のみんなは知ってるの。アナスタシアさんが教えてくれたんだ」

「………………」


 母さんは、もう私に無理をさせまいと、村の(みな)に話してくれたのか。でも、それでも皆は私に責任(せきにん)を押しつけたり、戦えと言ったりしない。


 ……本当に、なんて温かい村なのだろう。


「……だからね、リーファちゃん」


 (いきお)いよく()り返ったリリは、そのままぎゅうっと私を()()めた。リリの早い鼓動(こどう)の音が、私のそれと(かさ)なる。


「この先どんな事があっても、リーファちゃんは戦わなくていいの。だって、今までみんなの為に頑張(がんば)ってくれたんだから。その結果(けっか)どんな事になっても、私たちはリーファちゃんを(うら)んだりしないよ」


 リリはそう言って少し身体を(はな)すと、優しい眼差(まなざ)しで私を見つめた。その瞳は、涙で()れている。


「……うん、ありがと――」


 最後まで言い終わらないうちに、(くちびる)(ふさ)がれた。それは短いキスだったけど、顔を離したリリは嬉しそうな、それでいて残念そうな表情を()かべていた。


「あーあ、やっぱり、リーファちゃんをお(よめ)に出したりしたくないなぁ。女の子同士だけど、もう二人で結婚(けっこん)しない?」

「……それもいいかもね」


 私は内心(ないしん)の気持ちを押し殺しながら、(いと)しい幼馴染に向かってそう苦笑して見せた。


 ……だって、それは――たぶん(かな)わないから。


 そして、たぶんリリも……気付(きづ)いているんだ。




「ただいまー」

「あら、お帰りなさいリーファちゃん。ラファエルさんは?」

「もう少しお仕事するって言ってた」

「そう……。(いそが)しいみたいだし、心配ねぇ」


 私たちの()らす仮住(かりず)まいの大きな竜人(りゅうじん)用テントで(けもの)肉や魚の簡素(かんそ)な夕食を用意しながら、母さんは小さく溜息(ためいき)()いた。


「私としては、母さんも心配。みんなの(ため)とは言え、魔道具作りも程々(ほどほど)にしないと駄目(だめ)だよ?」


 母さんは毎日、洞窟(どうくつ)でも皆の生活が楽になるよう(かぎ)られた材料で魔道具を作っているのだ。それに(くわ)え、何かあった時の為に野草(やそう)から薬も準備(じゅんび)しているし、働き()めなのはラファエル様だけではない。


「この位大丈夫よ。師匠の下で()ごした地獄(じごく)の日々に(くら)べれば、大したことないわ」


 ……たまに母さんの師匠、つまり私の大師匠様の話を聞くけど、一人で大型獣(おおがたじゅう)()まう山に(ほう)り出されたとか、古代迷宮(ラビリンス)踏破(とうは)させられたりとかしたらしい。そりゃ母さんも強くなるよ。母さんがそのスパルタ精神(せいしん)を引き()いでいなくて本当に良かったと思っている。


「……と、あれ? どうしたの、アンナ」


 何やらアンナが私のお(むね)(あた)りですんすん(にお)いを()いでいる。ここでは温泉も入れないし、そろそろ(にお)い始めたのだろうか。


「お胸から、リリお姉ちゃんの匂いがするー」

「えっ!?」


 さっき抱き合ってたからかっ! は、(はな)が良いなうちの妹はっ!


「あら、まあ、(まご)の顔が見られるのかしら?」

「見られません!」


 ()()みどころしか無い母さんの茶々(ちゃちゃ)に、私は(ほお)が熱くなるのを感じながら(わめ)いた。




 ご飯も食べ終わり、一緒(いっしょ)に身体を()き終えたアンナを寝かしつける。こんな状況(じょうきょう)だけどうちの妹は旅行か何かかと勘違(かんちが)いしているらしい。大した子である。


「ねえ、おねえちゃあん……」

「はいはい、どうしたの」


 毛布の中でもう意識(いしき)を半分手放(てばな)しながら、アンナは譫言(うわごと)のように私を呼んだ。しっかりしてきたと思ったけど、まだまだ子供だなぁ。


「アンナね……おねえちゃん、すき……」

「はい、お姉ちゃんもアンナが大好きです」


 (にぎ)った小さな手。私も同じ年の(ころ)はこの程度(ていど)の大きさだったのだろうか。


 この手を守れるのならば、存在(そんざい)認識(にんしき)されなくなることくらい何だと言うのか。


 やがて「お姉ちゃんのお嫁さんに……」とか(つぶや)きながら寝入(ねい)ってしまった妹から手を離すと、母さんも寝床(ねどこ)へやって来た。


「あれ、母さんは今日、もう寝るの?」

「いーえ、まだお仕事です。ちょっとリーファちゃんに(わた)したいものがあってね」


 渡したいもの? はて、何だろう? ラファエル様へ持って行く食事か何かかな。


 と思ったら、「はい」と手渡されたのは、(かざ)りも何も無いシンプルな白色(はくしょく)指輪(ゆびわ)だった。私なら薬指に入りそうな大きさだけど……。


「これ、指輪……? なんで?」


 不思議(ふしぎ)に思った私が指輪を調べながら(たず)ねるも、母さんは何処(どこ)か遠くを見るような目で天井を仰いだ。


「これはね、私のお母さん、つまりリーファちゃんのおばあちゃんにあたる人から貰った物ね」

「え……? それ、形見(かたみ)なんじゃ……」


 私は手にした物のあまりに重い意味を知り、目を見開(みひら)いた。


 母さんの母さんに当たる、ヴィニエーラ帝国の大魔女ユーリヤ様が魔神(まじん)と戦い、命を落とした話は聞いている。そんな物を(たく)される意味って……。


「これはね、お守りとしてリーファちゃんに渡しておくわ。……リーファちゃん、行くんでしょう?」

「………………」


 (こま)ったような微笑(ほほえ)みを見せる母さんに、私は何も言い返せなかった。


 母さんは何もかもお見通しだったのだ。私はここに(いた)り、母親という存在の(すご)さを(あらた)めて理解(りかい)したような気がした。


 絶句(ぜっく)したままの私を、母さんはふわりと抱き締めた。小さい頃から嗅いできた、(ほの)かな薬の匂いがする。


「私はもう止めはしないわ。娘の意思(いし)尊重(そんちょう)するのも親の(つと)めですもの。だけど……絶対に帰ってきなさい?」


 ……そうだ。奇跡を使っていれば存在が認識されなくなる? だから何だ。


 ()たような困難(こんなん)なんて、今まで山ほどあったじゃないか。きっとどうにかしてみせる。


「……分かった、この指輪は、絶対に持ち帰るよ」


 身体を離した母さんにそう()げると、私は落とさないように、右手の薬指にその指輪を()めた。


「魔力を感じるね……。古代遺物(アーティファクト)か何か?」

(おそ)らく、そうね。でも、効果(こうか)を聞く前にお母さんは()くなってしまったの」

「……そうなんだ」


 まあ、大魔女の形見なのだから悪い効果は無いだろう。気にしないでおくとする。


「今夜、ラファエル様やシャムシエルたちには内緒(ないしょ)で出発するんだ。……必ず帰ってくるよ」


 私がそう告げると、母さんはいつもの笑顔を見せてくれた。子供の頃から見慣(みな)れている、でも、安心出来るその笑顔。


「ええ、私の大切な娘ですもの。信じているわ」


◆ひとこと


リリもアナスタシアも、リーファちゃんの決意に気付いていたということですね。

流石は幼馴染、そして母親です。


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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