第一六九話「ならどうやって出ろと言うのですか」
ラファエル様からお話を伺った後、することも無いので再び床に就き、迎えた翌朝。
私はいつもの治療を受けた後、広い洞窟内を歩き回り、情報を集めていた。
「予想通り、クシエル率いる旧体制派の天使たちはこちらに向かっていて、メタトロン様は行方不明。ラファエル様が神都に居る副司令のサンダルフォン様に派兵を要請したけど、到着までは早くても一ヶ月は掛かる、と……」
いや、なんかこれ、絶望的なんじゃないの? 領内の対空魔術機雷も味方である天使が居るから起動出来ないみたいだし、エーデルブルート王国に他の対空戦力は無いしで詰んでいるような気がしてならない。クシエルが落とした『ニガヨモギ』のお陰で王国も大混乱中らしいし、陛下が頭痛に悩まされているお姿が目に浮かぶ。
「……っとと、ここから奥は地竜族の住居区域かな? ここから先は行かない方が良さそう」
それにしても……歩き回っていて思ったけど、広いなこの洞窟。道幅が一五メートルはあるし、どこまで続いているか分からない。そりゃ地竜たちが暮らしている所だし広くないと使えないんだろうけどさ。こんな洞窟がシュパン村からの移動圏内にあったなんて知らなかったよ。
この洞窟に地竜族全員とシュパン村の全員が収められているにも関わらず、まだまだ余裕があるように感じる。天井も非常に高いし、ここってもしやシェムハザたちが根城にしていた神殿と関わりがあるのだろうか? そう思うと詳しく調べたくなる気持ちが――
「おや、暇そうじゃな聖女よ」
「……殿下ほどではありませんよ?」
私は背後から掛けられた言葉に思考を止め、振り向きながらそう返した。予想通りそこにはペル殿下とお付きの竜人、メイさんが居た。
「相変わらず妾には手厳しいのう。別に構わんがな」
不敬な私の言葉にも余裕の態度で受け流す殿下。このお方、嫌いという訳では無いんだけどどうも苦手だ。何もかもを見透かされているような気がして。
「して、おぬしはこれからどうするつもりじゃ?」
「どうする……とは? 見張りの方々には、私が外に出ないよう言い渡されているそうですが」
私はその見張りに命令を出す権限を持つ目の前のお方を軽く睨んだ。
「うむ、サマエルに頼まれたからな。ばっちり逃がすことの無いように命じておる」
……サマエルさんに頼まれたなら、殿下にお願いした所で外に出して貰えるとは思えないなぁ。
「……それが分かっていて、どうするつもりとお聞きになるのは、些か意地悪ではありませんか?」
「くっくっく、まぁな。じゃが、妾とて世界を滅ぼされるのは勘弁じゃからな。おぬしの奇跡の力で何とかして貰えると助かるのじゃが」
…………え?
「ならば殿下は、私が洞窟の出口から外に出ることを見逃して頂けるのでしょうか?」
「いや、ならんな。サマエルとの約束じゃし」
えぇ……。言ってること無茶苦茶じゃないですかー。
「……でしたら、私に出来ることは無いのですが……」
思わず唇を尖らせる。期待だけさせて落とすのがこの王女殿下の趣味なのだろうか。
「まあ、そう腐るな。確かに、妾はおぬしがラウ山の洞窟の入口から出ないよう見張らせることをサマエルと約束した。が、外に出ること自体を止めるようには言われておらん」
「…………まあ、仰っていることは分かるのですが……。結局、出られなければ一緒ではないですか?」
なんか頓知のようなことを言われているけど、外に出られないのは同じだよね? それに外に出たところでシャムシエルたちに見つかったら戻されるだけだし。
私が半目で睨んでいると、殿下はくるりと私から背を向け、そして振り返ることなく「覚悟があるなら、夜に奥へ来い」とだけ言って、メイさんと一緒に去って行った。
「……奥……って、洞窟の奥?」
先程回れ右した場所の奥の事……なんだろうな。そこに一体何があるというのか?
でも――
「……行くしか、無いよね」
そうだ。私は皆を救いたいのだから。
覚悟なんてとうに出来ている。
◆ひとこと
最強のアドバイザーであるペル殿下の誘惑。
サマエルのお願いは彼女にとって絶対のようですが、果たして……?
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