第一六五話「災厄は、目に見えた形で訪れる」
さて、年も明けて暫く経った二月。久しぶりの晴れの日に私は雪深い道を村へ向かっていた。飛べるシャムシエルやサマエルさん、あと警備の方々に用事を任せることが多かったのでここのところ運動不足になっているし、丁度良い機会だ。
毎日ラファエル様の治療も受けているけど、私のお胸も小さくなることがなく、どうやら男性になる可能性が低いと思われる。そろそろ安心しても良い頃合いだろうか?
「聖女リーファ、今日は何を買いに行くの?」
見た目は今のシャラと同じく一〇歳位で、元気な女の子の天使コルが、私の横をふよふよと浮きながら尋ねてきた。この子はまだ生まれたての天使らしく、他の天使たちが敬語で話しかけてくる中、一人だけフランクだ。まあ可愛いから良いんだけど、周りの先輩天使たちはお転婆ぶりに手を焼いているようだ。
「今日はちょっと雑貨を見に、ね」
流石に警備担当の天使たちの前では私も素を見せることにしている。ずっと聖女モードだと疲れちゃうからね。
「お遣いだったらあたしたちに任せてくれてもいいのにー」
頼ってくれないことが不満なのか、コルがぶーぶーと文句を垂れる。そうは言うけどねー。
「魔術に使う触媒とかだから、私の目で見て選ばないと駄目なんだよ」
「あー、そっかー。それならあたしたちじゃわかんないねー」
魔術の触媒にはそれぞれ適正というものがある。例えばある種の薬草でも、それが触媒として適しているかは魔力の流れを見てみないと分からないのだ。それを判別出来るのは魔術を行使出来る者だけなのである。
雪に抵抗しながら、時間をかけてようやくシュパン村に辿り着いた。晴れているとはいえ二月だ、寒いのなんの。早くリリのお店で暖まろう。
「…………ん?」
「あれ? なんか空が暗くない?」
違和感に私が声を上げると同時に、コルも気付いたらしく空を見上げた。彼女の言う通りに、何かが太陽の光を遮ったような。もしかして天使の部隊でも通っているのか?
「……え? あれ、なに?」
太陽のある南の空を見上げると、山の向こうをゆっくりと球体の何かが落ちてきているのが分かった。あれが光を遮っていたのか? 一体なんだ、あれは。
「……『ニガヨモギ』」
「え?」
警備の天使の誰かが呟いた。『ニガヨモギ』?
「『ニガヨモギ』というのは、一体――わっ!?」
私がそう尋ねようとしたけれど、強い力でコルに腕を引っ張られて、樹の陰に引きずり込まれた。
その直後。
耳を劈く爆音が轟き、目の前の山を震わせる程の大地震が――いや、違う、これは先程落ちた何かの所為で、山の向こうで大爆発が起こり、その衝撃が伝わっているのだ!
「おい! 地震だぞ!」
「建物の中は危険だ! 外に出ろ!」
村民たちが慌てて建物から外に飛び出してきた。だけど――
「皆さん! 家の中に戻ってください! 南から礫が飛んで来ます! ……警備の皆さん! 私は良いので、皆さんが外に出ないよう伝えて回ってください!」
私は樹にしがみつきながら、すぐに二次被害を止めるべく自由に飛べる天使たちに指示を出した。火山が遠くないこの地域では地震も少なくないため、耐震性の高い家が多い。そう簡単に地震では壊れない筈だ。
それよりも怖いのは……南から飛んでくる礫だ。
「コル、地震が収まったら、すぐに近くの家に飛び込むよ」
「分かった!」
このまま樹の陰に居ては防御力に乏しい。地震が収まってきた為、私たちは礫から身を守るべく家屋に飛び込んだのだった。
地震が収まった直後に、予想通り南から飛来した礫が村を直撃した。
それほど数は多く無かった為か被害は少なかったものの、石が山の向こうから飛んできたのである。その威力たるや、家の屋根を軽く貫通する程なワケで。運が悪ければ死ぬだろう。すぐに安否を確認するよう、村の警備担当の天使たちにお願いした。
そして被害者は、私の身近にも居たのだった。
「いっ……たたた……」
「リリ! 大丈夫なの!?」
天使たちへの指示出しを終えた後、すぐに当初の目的地である雑貨屋に向かった私が見たのは、顔の左半分を血に染めたリリだった。地震で荒れ果てた雑貨屋の中、リラさんが真剣な表情で頭に包帯を巻いている。
「あはは、棚から物が落ちてきて、切っちゃった。見た目ほど深い傷じゃないから大丈夫」
「大丈夫なワケ無いだろう? 化膿したらどうするんだい。頭は大事なんだよ?」
「えー、普段から私の頭を叩いてるお母さんがそれを言う?」
苦笑するリリの声も弱々しい。相当無理をしているようだった。
「リーファちゃん、悪いんだけど、薬を分けてくれるようアナスタシアにお願い出来るかい?」
「はい、分かってます。すぐに取りに――」
「あ、あたしが行く! あたしが行ってくる!」
リラさんのお願いだし、他ならぬリリの為だ。急いで戻ろうと思ったら……言うが早いか、コルが自宅の方へと飛んでいってしまった。気を遣わせてしまったかな。戻ってきたらきちんと褒めてあげないと。
それにしても……、『ニガヨモギ』だったか。一体何のことなんだろう? 後で天使の誰かに聞いてみないと。
◆ひとことふたこと
シュパン村近くは雪が割と多いので、この時期出掛ける際はリーファちゃんもブーツにかんじきのようなものを着けます。
かんじき装備の聖女。
ニガヨモギについては……後述しますね!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!