第一六〇話「私に奇跡は無くとも、心強い仲間たちが居る」
睨み合う天使と悪魔たちを見守っていると、不意に背後で足音がした。振り向こうにも縛られているので難しい。
「リーファ、怪我をさせてしまってすまなかったな。空中で事を構える訳にはいかなかったので、こうして降りる機会を窺っていたのだ」
「あ……シャムシエル……」
背後の足音はシャムシエルだったらしい。すらりと魔剣を抜き放った音がしたかと思うと、私の手首を縛っていた縄が切れた。でも、良いんだろうか。目の前に居るのは直属の上司なのに。
「おい、能天使シャムシエル? 俺に背く気か?」
背後の私たちに気付いたカマエルが、こちらを振り向くことも無く、殺気を叩きつけながら低い声でそう脅してきた。が、シャムシエルの作業の手は緩まない。
「私はラファエル様より命を受け、ここに来ております。犯罪者カマエルを捕らえよ、との命です。貴女は私の上司ではありますが、能天使。熾天使の命が優先です。まあ……」
シャムシエルはそこで言葉を切り、魔剣〈隠された剣〉の切っ先をカマエルへと向けた。
「例えラファエル様の命が無くとも、大切なリーファにこのようなことをした貴女を、赦すつもりはありませんが」
「シャムシエル……」
命令に背いてまでも、私を助けるつもりだったのか。サマエルさんにアザゼルといい、胸が熱くなる。
「……どいつも、こいつも……」
カマエルが、声を震わせている。刹那、彼女の腕が振るわれたかと思うと、連接剣は蛇のようにシャムシエルへと襲い掛かった。振り返りもせず背後の天使を正確に狙っているのは、『破壊の天使』の名は伊達では無いということか。
「ちっ! リーファは樹の陰に!」
シャムシエルは私を突き飛ばしてから、〈隠された剣〉で受けながらそれをぎりぎりで躱した。剣と剣の擦れる、ぎゃりりという嫌な音が鳴る。私は慌てて手近の木陰に身を隠した。
「ふっ――」
その隙に、反対側のアザゼルがカマエルに肉薄する。しかしそれを、いつの間にか戻ってきた連接剣の切っ先が横から襲い掛かり、アザゼルは踏みとどまって打ち落とした。
アザゼルの背後から、サマエルさんが弓を引き絞り、カマエルに矢を放つ。が、破壊の天使は自分の足へ超高速で飛来する矢を足捌きだけで易々と躱した。
「アンタの強さはよーく知ってるけどさ。大人しく投降しなよ、カマエル。アンタだって、アタシの弓の能力は知ってんでしょ?」
サマエルさんが油断なく弓を引き絞りながら忠告する。そうだった。サマエルさん専用の魔術〈魔法の弾丸〉は、彼女の手にしている弓〈魔弾の射手〉が七回目に狙った相手を必ず射貫く必殺技だ。いくらカマエルが熾天使並の強さを誇るとは言え、最早、配下を全員殺されて孤立無援状態の彼女に勝ち目は薄いのだ。
「知るかァ! 七本目の矢を受ける前に、貴様等全員殺すまでだ!」
うわっ! 連接剣がカマエルの周りを嵐のように荒れ狂い始めた! 木の幹もズタズタに斬り裂かれている。そのうち倒れるかも知れないので、巻き込まれないようにしなくては。
しかし、アザゼルとシャムシエルの二人は、襲い来る連接剣を巧みに弾き飛ばしている。連接剣には神気を感じたのでもしかすると聖剣かも知れないが、シャムシエルは魔剣〈隠された剣〉だし、アザゼルの持っている剣も、母さんのコレクションの中で見たことがある聖剣だ。相手が聖剣でもそう簡単に刃こぼれはしないだろう。
シャムシエルが魔剣を振るって連接剣の軌道を、無理矢理大きく捻じ曲げる。それで作られた大きな隙に、アザゼルが再び近づき、剣では無く拳を振るった。ダッシュからのストレートを慌ててスウェーバックで避けようとしたカマエルだったが、当然避けられる訳もなく、鼻っ面に叩き込まれ、よろめく。
「くそっ!」
悪態を吐いたカマエルが倒れまいと身体を捻り、その勢いで連接剣の軌道を真逆方向へと変えつつ、アザゼルへ後ろ回し蹴りを放った。
しかしアザゼルの姿は既にそこには無く、代わりに飛来したサマエルさんの矢が勢いよくカマエルの右肩に突き刺さる。彼女はバランスを崩したものの、その場に踏ん張った。
「もう一回だけ忠告しとくよ。カマエル、投降しな」
「黙れ……黙れッ!」
駄々っ子のように拒否をしたカマエルの連接剣が再びサマエルさんを襲うも、それを許すアザゼルではない。剣を半ばから打ち落とした上でカマエルへと接近し、袈裟懸けに斬り下ろした。
「ぐっ……あ……」
アザゼルの剣は切れ味が悪そうだったけど、易々とカマエルの鎧を斬り裂いていた。カマエルは白目を剥き、連接剣を取り落として、うつ伏せに倒れてしまった。あの勢いなら血が噴き出そうなものだけど、出ていないのは〈慈悲の剣〉の特性で、確か相手を殺すことが出来ないんだったかな。
天使が切っ先を折って人間へと贈った、〈慈悲の剣〉という聖剣を悪魔が振るい、天使を制してしまうというのも、何とも皮肉なものだ。
◆ひとことふたこと
〈魔法の弾丸〉がある以上、サマエルを仕留めなければカマエルに勝ち目は無いんですよね。
チートやチーターや!
クルタナはシャルルマーニュ伝説に登場する聖剣で、復讐に燃える騎士の剣の切っ先を天使が折ってしまい、騎士は復讐を諦めたというお話があります。
本作ではその話にちなんで、殺傷能力を持たない聖剣ということにしました。
カマエルを殺さず捕縛する為に、アナスタシアが渡したのです。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!