第一五八話「天使よ一体何処へ行く」
翌日から、私はラファエル様の治療を受けることになった。
私とラファエル様は、私の自室で向かい合って椅子に座り、両手を合わせたままじっとしている。ただ、只管にじっとしている。
「……本当に、両手を合わせているだけで宜しいのですか?」
「良いのですよ~。後はこちらで、上手い具合に循環させますので」
うん、確かに右手からラファエル様の神気が入り、私の胸の辺りを通って左手の方へ抜けていくのが分かる。正確には、私が出した神気がラファエル様を通って戻ってきているのだけれども。戻ってきた神気の質について元のそれと違いがよく分からないけれども、きっとラファエル様の中で上手い具合に調整された神気が私の方へ戻ってきているのだろう。
ちなみに両手を合わせてじっとしているところを、さっきシャムシエルが「尊い……」とよだれを垂らしながら覗いていたけど、サマエルさんに脳天を殴られ、引き摺られて行った。ありがとうございます、サマエルさん。
「……最初にお聞きしておけば宜しかったのですが、これ、一回に何時間続けるのでしょう?」
「そうですね~…一五分程度でしょうか?」
おや、思ってたよりも全然短かった。あまり長時間やってもラファエル様のお身体に影響があるし、そんなものなのかも知れない。
あれこれ考える間もなく、あっという間に一回目の治療は終わった。
「どうですか~? 何か、変わったという感覚はありますか?」
ラファエル様はそう仰るけど……正直、何がどう変わったかなんて分からない。ぺたぺたと胸を触ってみるけれども、小さくなったということも無さそうだ。
「い、いえ、全くありませんね……」
「まぁ、そうでしょうねぇ。まだ最初ですし、これから徐々に変わっていくと思いますよ~。お胸が小さくなったりするかは、分かりませんけどねぇ」
「そうですね……」
小さくなったら、それは男に戻るという証だろう。そう考えると、意外と早めにその辺の結果は出るのかも知れない。
その後、触診や聴診など、簡単な検査をした後、「絶対に奇跡は行使しないように」と言ってからラファエル様は客間へと戻って行った。往診は無くとも、神都ハルシオンと神術で通信をしながらのお仕事があるらしい。
「うーん……、大丈夫、だよね……?」
再びぺたぺたと胸を触りつつ、私は首を捻ってそう呟いていた。
そんな日課を一ヶ月ほど繰り返し、一二月も半ば過ぎの寒空の下、コートを着込んだ私は一人シュパン村の方へと二輪の荷車を引き歩いていた。相変わらず身体の変化は無いものの、まだまだ予断を許さない状況である。
「あ、雪だ。寒い訳だ……」
ケルステン州の南西部は山が多く、私たちが住んでいるここも王国の平均気温よりは寒い地域に入る。真冬には雪も数十センチは積もるので、秋口には冬支度に入らないといけない程だ。
「早く用事を済ませて、家に戻らないと……」
冬籠り用の塩漬け肉を、雑貨屋に頼んであるのだ。幾らシャムシエルでも一人では運べない量なので、こうして荷車を用意している訳である。私一人で荷車を引くのも無理な話なので、帰りは雑貨屋で待ち合わせをしている筈のシャムシエルも手伝ってくれる予定だ。
と、森を出た所で、私は違和感を覚えて立ち止まった。これは――
「ほう? 気付いたか」
辺りを警戒して見回していたら、ハスキーボイスが頭上から聞こえた。見上げてみると――
「……天使? しかも……この数は……」
雪が降る中、一三人の天使たちが私のことを見下ろしていた。男性と女性が半々といった編成で、ほぼ全員が白い鎧を着込んでいるけれども一人の女性だけが赤い鎧を着ている。この精悍な顔つきの女性天使が、見た感じ、他の全員を率いているように見える。
「聞こう。其方は聖女リーファか」
赤い鎧の天使は、先程のハスキーボイスで不躾にそう尋ねてきた。ラファエル様ではなく、私に用があったらしい。
「……はい、そうですが、貴女がたは神国の天使ですね? 人と話す時は、先ず地上に降りて話すものだと教えられませんでしたか?」
私は居丈高なその赤い天使に、少々嫌味ったらしくそう返した。あまりにも失礼な態度なので、ちょっと腹が立っているのだ。
けれども赤い天使はそれに答えず、大きく腕を振り上げ、そして振り下ろした。
「捕らえろ」
「なっ!?」
赤い天使が下した命令に、彼女の背後に居た白い天使が一斉に襲い掛かってきた。私は慌てて荷台の長杖を取り、構える。
――リーファよ、今後奇跡を行使することは禁ずる――
「…………くっ」
そうだ、私はもう、奇跡を行使しないと決めたのだった。手持ちの魔術と神術で、この数を相手するには――
考えている間もなく、一人の天使が私の右肩を掴み、引き倒した。その勢いで後頭部を強かに打つ。
「うぐっ!」
視界に星が散らばった。そのまま身体をぐるりとうつ伏せにさせられ、腕を捻りあげられる。何も出来ないままに拘束されてしまったようだ。
「確保!」
どうやら私の腕を捻りあげている男性の天使がそう叫ぶと、「よくやった」と短くハスキーボイスが聞こえた。
「どう……して、こんな、ことを……?」
「護送しろ」
私の質問には一切答える必要性を感じていないらしく、赤い天使らしき声は淡々と命令を出していく。
そして手首と足首を縄で縛られた私は麻袋に放り込まれ、行き先は何処へと知れず運ばれることとなったのだった。
◆ひとこと
一三対一では手も足も出ませんよね。しかも敵は空。
奇跡が使えれば戦うことも出来たのでしょうが……。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!