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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第四章「聖女リーファ」
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第一五七話「こんなの悩まずにはいられない」

 私の(ため)に長期間シュパン村へ滞在(たいざい)して(いただ)くことになった為、ラファエル様はうちに()まることになった。期間限定だけれども熾天使(セラフィム)様が住むことになろうとは。いや、それを言ったらサマエルさんは元御前(ごぜん)の天使なんだけど。


「ごちそうさま……。シャムシエル、アンナ、残りは食べてくれる?」


 私は何となく食欲(しょくよく)()かず、(もう)(わけ)ないとは思いながら少し夕ご飯を残してしまった。後は大食いと食べ(ざか)りに(まか)せよう……。


「お姉ちゃん、食欲無いの?」

「ん、ちょっとね……」


 食い意地(いじ)()っているアンナだけど、残りのご飯に目もくれず私を心配して顔を(のぞ)き込んできた。シャムシエルも同様(どうよう)困惑(こんわく)している様子(ようす)


「おやおや、リーファちゃん、何か(なや)み事かい? おねーさんたちに話してみる?」

「そうですよぉ、医者であるわたくしの目の前で食欲が無いなどとは、見過(みす)ごせませんねぇ」


 サマエルさんとラファエル様のお気遣(きづか)いは有難(ありがた)いけど、こればかりは私の問題だ。お手を(わずらわ)わせる訳にはいかないだろう。


「ありがとう。でも、大丈夫(だいじょうぶ)。先に部屋へ(もど)ってるね」

「あっ、リーファちゃん――」


 母さんが何かを言いかけたようだけど、私は立ち上がり、逃げるようにしてリビングを後にした。


 そして(あか)りも付けず、暗い自室の中、ベッドの上で(すわ)ったまま毛布を(かぶ)り、只管(ひたすら)に悩む。


「……さっき感じた、あの気持ち」


 そう、私ははっきりと、男に戻るかも知れないということに対して不安を(おぼ)えていた。



 ――おぬしの(たましい)(すで)に女性へと()り切っておる――



 魂を()ることの出来(でき)地竜(ちりゅう)王女、ペル殿下(でんか)のお言葉を思い出す。殿下の(おっしゃ)ることによれば、私は魂までも完全に女性化してしまっているらしい。そして男に戻ることへの不安は、精神すらも女になっている証左(しょうさ)に他ならない。


 このまま半年間、男に戻る可能性について不安を(かか)えたまま過ごせるのだろうか。そして身体が男に戻ったその時、私の心がまだ女のままだとしたら、それに()えられるのだろうか。


 だって、女であった頃は「男に戻る可能性」があった為に心の何処(どこ)かで「大丈夫」だと思えていたけれども、男に戻ったら「女に戻る可能性」はほぼ無くなるのだ。戻す理由が無いから。


「ああ、頭がぐちゃぐちゃだ……」


 整理できない想いに、私の瞳から自然と涙が(あふ)れてきた。


 わたしはどうしたらいいんだろう。


「リーファちゃん、入るわね」


 はらはらと流れる涙を(とど)める事も無く毛布の中で呆然(ぼうぜん)としていたら、部屋のドアがノックされたけど、私はそれに(こた)える気力も無かった。返事を待つことも無く、母さんが一人で部屋へと入ってきた。そして、涙を流し続ける私が座るベッドに、一緒(いっしょ)に座る。


「泣いていたのね」

「………………」


 私は無言のまま、(うなず)き応えた。


 母さんは毛布にくるまったままの私を()()せて、ぽんぽんと背中(せなか)を叩いてくれた。……私が小さい(ころ)を、思い出す。


「リーファちゃんが小さい頃を思い出すわね。ちょっと前まではアンナちゃんが寝る前にやってあげていたのだけれど、あの子も必要無くなったみたい。本当、子供の成長って早いわよね」


 母さんも同じ事を考えていたらしい。まるで幼児になった気分だ。リリ(いわ)く、もう結婚していてもおかしくない年齢なのに。


「それで、どうしたの? お昼に、男性に戻る可能性がある、って言われたこと?」

「…………うん」


 母さんにはお見通しらしい。母親は偉大(いだい)だなぁ、と常々(つねづね)思う。私もこんな風になれるのだろうか。


「リーファちゃんはもう、女性として生きていく覚悟(かくご)を決めた、と言っていたものね。それなのに、選択肢(せんたくし)(あた)えられずに男性に戻る可能性があるのだとしたら、それは不安になるのも当たり前よ」

「……うん、そう。不安だし、(こわ)いんだ」


 そうだ。高次(こうじ)存在(そんざい)になってしまう可能性についてはラファエル様がどうにかしてくれるということを信じているので、それはもう怖くなど無い。


 けれど、女で居られなくなる可能性が、とてつもなく、怖い。


 男から女に変わった時は突然(とつぜん)だったのでこんなことを悩む時間すら与えられなかったけれど、今回は半年間、不安に(さいな)まれなければならないのだ。


 私はこんな苦痛に耐えられるのだろうか?


「怖い、か……。ねえリーファちゃん、普通の女の子になったら、やりたいことはある?」

「普通の女の子に、なったら……?」


 神の純粋(じゅんすい)神気(しんき)を抜かれたら、私は普通の女の子か男の子か、どちらかになるのだろう。女の子になってからやりたいことと言ったら、普通の女魔術師として生きて、いずれは結婚をして、子供を産むのかも知れない。


 でも――


「……母さん、私はどちらになるのか、分からないんだよ? 結局(けっきょく)それを考えた所で、男になってしまうかも知れない……」


 身体を(はな)上目遣(うわめづか)いで母さんを見ながら、そう答えにならない答えを返す。今の時点では、期待(きたい)通りになるかなんて分からないのだ。


「そうね、だから……男の子になった時に何をしたいか、それも考えましょう?」

「え…………」


 考えてもみなかったことを言われ、私は思考(しこう)する。男になったら……?


「だって、リーファちゃんは元々男の子だったんですもの。男として何をしたいか、分かる(はず)よ? リリちゃんと恋をしてみたいとか、シャラさんと恋をしてみたいとか。勿論(もちろん)、女の子のまま恋をしてもいいのだけど」

「か、母さん!」

「あら、ちょっと元気になったかしら」


 (ふく)れる私に母さんは悪戯(いたずら)っぽく微笑(ほほえ)み、そして、(やさ)しく頭を()でてくれた。


「未来は()てして誰にも分からないものよ。リーファちゃんの場合は、少し変化が大きくて、そしてそれが必ず(おとず)れることが分かっているだけ。もしかしたら、神の力は失っても、聖女の力はそのままなのかも知れない。何が起こるかは誰にも分からないのだから、怖がるよりも、期待した方がいいじゃない」

「怖がるよりも、期待した方が……」


 私は母さんの言葉を反芻(はんすう)してみた。


 そうだよ、考えてみたら、今までだって先の見えない未来を(あゆ)んできたじゃないか。


 今回だって、結局何処に落ち着くのか分からないんだ。だったら、悩んでいても仕方(しかた)ないんだ。


「……ありがとう、母さん。少し楽になった」


 私がそう感謝(かんしゃ)の言葉を口にすると、母さんは私にウィンクして見せた。


「気にしないでいいのよ、私は、あなたの母親なのだから」


◆ひとこと


男へと戻る事に恐怖しているリーファちゃん。

完全に女の子となってしまったようです。


--


次回は明日21時半頃に更新予定です!

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