第一五六話「私は聖女でなくなる、それはつまり……」
「話は理解した。なるほどな、リーファにこれ以上奇跡の力を行使させることは危険であるということか」
通信用魔道具の向こうから、溜息交じりの陛下の声。内容が内容だけに、私はすぐに母さんに事情を説明してから陛下にも相談することとなったのだ。
「はい~、リーファちゃんは既に神気自体は主のそれと同じ波長となっていますので。高次の存在となり、周りから認識されなくなってしまうのは時間の問題かと思われますよぉ」
まぁ、奇跡を私自身の神気で行使出来るってことはそういうことだよね。それにしても、陛下相手でもラファエル様の口調は変わりないんだなぁ。
「あいわかった。リーファよ、今後奇跡を行使することは禁ずる。……これまで散々頼っておきながら、この言い方も無責任ではあるがな」
「……いえ、陛下、ありがとうございます。今後奇跡を行使しないという命、承知いたしました」
これまで奇跡は自分の意思で行使してきたのだ。別に陛下の所為ではないことは理解している。
しかし……奇跡の力というものに慣れきっているし、何か事が起こった場合、どうしたらいいか分からないなぁ。
「それで、ラファエルさん? うちの子の身体は、元に戻るのかしら?」
「そこなのですがぁ……、リーファちゃんの身体から、神の純粋な神気を徐々に抜いていこうと思います」
不安そうな母さんに、なんてことなさそうに答えるラファエル様。え、そんなこと出来るんですか?
「リーファちゃん、先程の検査で、わたくしの右手に左手を合わせて神気の確認をしましたねぇ?」
「は、はい、確かに、しましたね」
確かに検査でやった。思うに、あれは神気を効率良く放てる左掌から、逆に吸収に適した右掌で受けることで取り込む、ということなのだろうけど。
「……あ、まさか……、両手を合わせることで、わたくしの神気をラファエル様へ送り込み、ラファエル様の神気をわたくしが受け取る、という事でしょうか?」
「はい、その通りですよぉ。熾天使であるわたくしは神の純粋な神気への耐性が高いので、リーファちゃんから取り込んだ神気を無害化してから送り返すのです。『神気透析』とでも呼びましょうかぁ」
「『神気透析』……」
透析? なんだか良く分からない単語が出てきた。医学用語なんだろうか。
でも、それで私の神気が送られたとして……
「あの、神の純粋な神気を受け続けたとして、ラファエル様のお身体は平気なのでしょうか?」
うん、幾ら神に見える機会がある熾天使とは言え、神の純粋な神気を受け続けるのは危険なんじゃないだろうか。だって、原理が同じだとしたらラファエル様も神に近づいてしまうんでしょ?
「そうですねぇ、仰る通り、全く危険が無いわけではないのですよぉ。ですので、この治療は長いスパンで行おうと思っております」
なるほど、やはり短期だとラファエル様の身体にも負担が掛かるのか。恐らくだけど、受けた神の神気を天に還すなど昇華させつつ行うんだろうね。
「長いスパン、ですか……。どの程度の期間でしょう?」
「半年、ですねぇ。その間、毎日透析は行いますよぉ」
「それほどまでに長い間、ラファエル様はこちらに滞在されていても大丈夫なのですか? 申し訳ないです……」
「いえ、大事な患者さんの為ですしねぇ」
にっこりと慈愛の笑みを返すラファエル様。うわ、医者の鑑だ。ラファエル様が天使に見える。いや天使だった。
「話は纏まったようだな。では、余はこれで――」
「ああ、国王陛下。まだありますよぉ」
次の予定でもお有りなのだろう、陛下が通信を切ろうとしたところで、慌ててラファエル様がそれを止めた。
「む、何だ」
「今回、治療を行うことでリーファちゃんの身体は本当の本当に、元に戻る可能性があります。それはご承知おきくださいねぇ」
「……男に戻る、ということか?」
「可能性ですねぇ」
陛下のお声が少し曇っている。色々と有名な私が力を失うどころか性別が元に戻るということは、国内的にも対外的にも色々とマズいことがあるのだろう。
再び小さく溜息を吐いた陛下は、「致し方あるまいよ」とお答えになった。
「リーファの存在と秤に掛ける訳にはゆかぬ。このままリーファに奇跡を使わせ続け高次の存在になってしまえば、余がアナスタシアに殺されかねん」
「まあ、陛下、よくお分かりですね~」
諦めの境地の陛下に対して、微笑みながらとんでもない返しをする母さん。ちょっと、嬉しいけど不敬だからやめてくれない?
それにしても……、そうか、聖女の力を失うし、男に戻る可能性があるのか。
でも、なんだろう、この胸に湧き上がった感情は。
もしかして私は、男に戻りたく――
◆ひとこと
透析というのは皆さん人工透析でご存知の通り、老廃物を漉して送り返す機構ですよね。
この場合は神の神気の方が純粋なので逆になってしまうのですが、まぁそこは言い様です。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!