第一五四話「そして私は振り回される」
一先ずあの場では目立つのでラファエル様と共に酒場へやって来た。途中の路地裏で先程連れ去った男性に何やら説教を垂れているシェムハザとシャムシエルが居たので、二人の脳天に長杖を振り下ろしておいた。まったく、他所様に迷惑を掛けるんじゃない。
「いらっしゃい、聖女リーファに…………ラファエル?」
料理中のアザゼルが、酒場へと入ってきた私たち二人を見て驚いている。正確には後ろにいるラファエル様に、だけど。
「あら~、アザゼル様? お久しぶりですねぇ。……何故このような場所で、料理を?」
「新しい生き方をここで見つけてな。まあ、何か食っていけ。味は保証するぞ」
お昼のピークは過ぎているものの、まだ少しお客さんはいるようで、アザゼルは器用に魔道具であるコンロの上で複数のメニューを作り上げていく。むむむ、あの手際は見習いたい。
「ではわたくしは、ニンジンのグラッセにお茶を」
「わたくしは……ん~、聖女リーファと同じものを」
「あいよ、少し時間は掛かるぞ」
席に着いた私たちが注文すると、アザゼルは更にもう二品の調理に入るべくニンジンを切り始めた。本当に手際が良い。
「それで、ラファエル様。わたくしをお救い頂けるとは、一体どのような意味なのでしょう?」
先に出てきたお茶を飲みつつ、単刀直入にラファエル様へ尋ねてみる。わざわざ高名な天使様が私の元を訪れたのだから、よっぽどの事なのだろうけど……。
「はい、その話ですね~」
ラファエル様は姿勢良くお茶を一口飲んでから、何故か周りをキョロキョロと窺ってから「実は」と小声で切り出した。
「聖女リーファが、元のお身体に戻れる可能性があるのです~」
「えっ……」
……それって、男に戻れる可能性がある、ということですか?
その言葉を飲み込む。周りには公然と私の秘密を知っている村人だけではなく旅の人も居るようだったので、私の正体がバレる訳にはいかないからだ。
でも……
「……そんな……、わたくしは、一人の女性として生きていく覚悟を持ったばかりですのに……」
「お気持ちは分かるのですが……、いえ、聖女リーファの御苦労も知らずにこの言い方をするのは無責任ですねぇ。ともあれ、この件について詳しいお話をお聞きになりたいですか~?」
「………………」
私はすぐにその答えを出すことが出来なかった。勿論、一魔術師としてどういった原理で戻れるのかとか、そういう知的探究心で聞きたい気持ちはある。
けれども、戻れる可能性を知って気持ちが揺らぎ、結局駄目だった、という結果に陥って振り回されてしまうのが、辛い。
「……すぐにお答え出来そうにありません……」
「まぁ、そうかも知れませんねぇ。仕方の無いことだと思いますよ~」
ラファエル様は私の気持ちを知ってか知らずか、眉尻を下げている。
「もしかして……ラファエル様は、その件でわざわざこちらまでいらしたのですか?」
だとしたら、更に悩んでしまう。お忙しい中私の為に来てくれたのに、お断りをすることになってしまうのだから。……まぁ、事前に連絡は欲しかったけど。
「ん~……、この件と言いますか、聖女リーファの身体を至急検査する為に飛んできたのです~」
「……検査、ですか?」
なんてこと無い言い方だったけれども、軽くショックを受けた私はそう問い返していた。
ラファエル様は天使の中で最も医学の知識に長けており、優秀なお医者様だとも聞いている。そんな彼女がわざわざ神国から遙か遠いこんな場所まで来て私の身体を調べるとか、よっぽどそっちの方が私の心に動揺を与えていた。
私の様子を悟ったらしいラファエル様は、テーブルの上で組まれている私の両手に、ご自分の両手をそっと重ねた。
「……大丈夫ですよ~、貴女の事をラグエル様より伺って、少し気掛かりがあっただけなのです。杞憂に終わればそれで良いのです」
ラファエル様はそう仰って頂けているけれども、私にもそう言われる心当たりは、ある。だから全く安心など出来なかった。
「お待ち、ニンジンのグラッセ二つだ。……どうした、聖女リーファ?」
アザゼルがオーダーを運んできてくれたけれども、私にはテーブルの上の手を動かす気力すら生まれなかった。
◆ひとこと
すっかり馴染んでいるアザゼル。
料理の手際が良いのは作者も羨ましいです。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!