第一五〇話「はずかしめられた……」
荒れ狂う神気が砂を巻き上げているお陰で、ラグエル様とザアフィエルさんが張っている防壁の向こう側は全く窺うことが出来なくなっていた。果たして『群体』は消え去ったのだろうか。
「死霊の反応が消え去りました! 聖女リーファ、術を止めてください!」
「あ、はい!」
と思っていたらラグエル様が探知していた模様で、もう片付いたらしい。私は神気をコントロールして、滅びの奇跡の力を緩めていく。徐々に神気が吹き荒れていた場所が露わになっていった。
そこにはもう『群体』はおろか周りの建物すら残っても居らず、まさに更地、という言葉が相応しい眺めとなっていた。
「とんでもない威力だな……む?」
「え? アザゼル? どうしま……わっ!?」
いきなり私とサマエルさんの方へ近づいてきたアザゼルが、血塗れになったボロボロの上着を被せてきた。一体何が……?
「気付いていないのか。服がずり落ちているぞ」
「え? な……え?」
本当だ。私のワンピースの胸元部分がずり落ちているっ! 何が原因かと思ったら、胸が真っ平らになってる! 神気を使いすぎたから戻ったのかっ!
「ありゃ、リーファちゃんが完全に男の子に戻ってるね。声も少し低くなってる」
「そう言えばそうですね。なんとも懐かしい声です」
え、そうなの? 自分の声って自分ではっきりと聞くことが出来ないからよく分からないけど、サマエルさんとシャムシエルが言うならそうなんだろう。この中で男時代の私に会ったことがあるのはシャムシエルだけだけどさ。
「そう言えば、少し低いですね……。と言いますか、男に戻っても姿は余り変わっておらず、可愛らしいのですね」
「それは言わないでください、ラグエル様……」
しげしげと私の様子を眺め回しているのは、この御前の天使様も魔術師であり、こういったものに興味があるからなのだろう。とは言え胸を見られてしまうのは恥ずかしいので、大人しくアザゼルの上着を被っておく。
それに、後ろには兵士の皆さんもいらっしゃるので男だとバレる訳にはいかない。後始末とかは皆さんにお任せして、私は大人しくしていようかな。
「本当に男の子だったのですね……。ちょっと触らせて貰っても良いですか?」
「あ、私も……。俄には信じられなかったですし……」
「うひゃあ! ちょ、ちょっと、ラグエル様! ザアフィエル様! くすぐったいです!」
ちょ、ちょっとこの状態で女性二人に胸をまさぐられるのは、なんというか、その、色々マズいので止めて欲しいんですけど!?
「おう、戻ったぞ。死霊が跡形も無くなっているのを確認出来た。リーファも皆も、ご苦労だったな。……何やってんだ?」
『群体』の存在していた場所を確かめに行っていたメタトロン様が、戻ってくるなり私たちをジト目で見つめてきた。そりゃそうなる。
「さて、諸々終わったが……全員ボロボロだな。事後の作業はここの兵たちに任せて、前線で踏ん張っていた俺たちは帰って休ませて貰うとするか。早く翼を治さねぇと神国にだって帰れやしねえ」
私の「助けてください」と訴える視線を無視して、メタトロン様がそう切り出した。まぁ、メタトロン様が戦闘の指揮を執って居たとは言え、ここは神国ではなくエーデルブルート王国だからね。下手にこれ以上口出しする訳にはいかないのだろう。
それに、元はと言えば自国の天使が起こした騒動だ。神国の事実上トップであるメタトロン様にとっては、頭の痛い事後処理が他にも待っていそうだ。
「聖女リーファ、身体から少し神気が漏れていますね。聖霊に近づいているようですので、暫く奇跡の行使は控えるようにしてください」
私の胸からやっと手を離してくれたラグエル様は、眉を顰めてそう釘を刺した。そう言えば、ちょっと身体が光っているな。時間が経てば戻るとは言え、完全に聖霊化してしまわないかと不安になってしまう。
「は、はい。ただ、大怪我をしている方がいらっしゃったら、流石に……」
「死にかけているような方でない限りは、私と力天使ザアフィエルが神術で何とかいたします。いいですね?」
「……はい」
しっかり念を押されてしまった。大人しくしています、はい。
「ふぅ……」
迎賓館に戻った私は、一人大浴場で汚れきった身体を洗っていた。右大腿部の傷はラグエル様の神術により完全に塞がっているので、お風呂に入ること自体は問題無い。血が足りなくてまだふらつくけれども、それはよく食べて寝る他に解決策が無いので、時間との戦いになる。シュパン村に帰れるのはまだまだ先かな……。
「それにしても――」
心臓のある位置を押さえる。うん、確かに私は生きている。
どうやら私は、一度死んだらしい。だとしたら何故復活することが出来たのだろう?
復活出来た直接の理由は、私が天に召された時に我等の主がラグエル様へ奇跡の力を授けてくれたから、というのは伺っているけど……。
「幾ら何でもタイミングが良すぎる。私一人を生かす為に主が授けてくれたとしか思えない」
あの時私は完全に息絶えていたらしい。だとしたら、私は神の御許へ送られたのではないだろうか?
でも、そんな記憶は無い。いや、うっすらと何かがあったような、そんな記憶はあるのだけれど。はっきりしなくてもどかしい。
「……それに、〈メギドの丘〉を行使していた時に聞こえた声」
もしかして、あれは、あの声は――
「おー、ここが迎賓館の大浴場かー。神術結界を解いてくれたんでやっと入れるよー。……と、あれ? リーファちゃん。先にお風呂入ってたんだ?」
「おや、本当ですね。聖女リーファ、ご一緒させて頂きますよ」
考え込んでいた私の耳に、サマエルさんとラグエル様の声。って……ちょっと! 今の私は性別が微妙なので「リーファが入浴しています」って看板提げておいたんだけど!? 完全に無視してるよね!?
「な!? え!? 二人とも、ちょっと待ってください! 私、今身体が――」
「ああ男に戻ってるってこと? 別にいいじゃんいいじゃん。アタシは自宅のお風呂で一度見たことあるし」
そ、そういう問題じゃないんですけど!?
「ええ、私は構いませんよ。男性の身体というのも興味深いですし……」
「ひっ!?」
ラグエル様の瞳が妖しい! 良い機会だからといって男性化している私の身体を調べ尽くすつもりじゃないだろうか? やっぱりこのお方、根っこは私と同じ魔術師だー!
「聖女リーファが入っていたのですね……、どうしましょう、一旦出た方が良いのでしょうか」
一人、常識人ぽいザアフィエルさんが困っている。よし、頑張ってください! その流れで話を持っていってください!
「いえ、リーファは女性の身体でしたし、私たちと一緒にお風呂へ入っておりました。ですから気にすることは無いかと」
「そうですか、それなら気にしない事にいたします」
……シャムシエルが余計なことを言ったので、ザアフィエルさんは「ま、いっか」という感じで身体を洗い始めた。こ、この空気を読まないポンコツ天使シャムシエルめ!
この後、女性四人に囲まれてた私は私の私を鎮めるために大変な思いをしたのだった。
特にラグエル様、着痩せする身体を堂々と晒しながら私の身体をまさぐるのは止めて欲しかったです……。
◆ひとこと
ハーレム状態のリーファちゃん。うらやましい。
それはそれは精神統一の修行にはなったようですが、「もうやりたくない」と言っていたそうな。
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