第一五話「僕は私であって私という私が居るから僕じゃなくて私らしい」
取り敢えずリリのことは頭から一時退避させておくことにして、僕は隣にちょこんと座る魔族の子のことを考えることにした。
「えっと、お名前、言えるかな?」
まずコミュニケーションの基本として名前を尋ねることにする。ルピアってのはたぶんあの死霊の名前だろうし。
ところが、少女は困ったように眉尻を下げ、おろおろと所在なさげに母さんを見るだけだった。
「その子ね、記憶が無いみたいなのよ。あの死霊が憑いていた時のことも覚えていないみたい」
「……そうなんだ」
あれだけ無茶に魔力を送り込んでいたのだ。後遺症が残ってしまっても仕方がないだろう。
「そんな訳で、記憶が戻るまでその子には『アンナ』って名前を付けてあげようと思うの。私の故郷で女の子に使われる名前よ」
「うん、いいんじゃないかな」
嬉しそうに両手を合わせる母さん。可愛らしい名前だし、母さんの名前にも似ている。僕も賛成だ。
僕は背中を屈めてアンナと目線を合わせ、微笑んで見せた。
「君は今日からアンナだよ。僕はリーファ、お兄ちゃんだと思って貰ってもいいよ、よろしくね」
するとアンナは嬉しそうに……嬉しそうじゃないな、キョトンと僕の顔を見つめるだけで、反応が無い。
「おねえちゃんは、どうしてじぶんのこと『ぼく』とか『おにいちゃん』っていうの?」
アンナの言葉で思い出した。そうだった! 今の僕、どっからどう見ても女の子じゃん!
「そうね、いい機会だし、リーファお姉ちゃんも『僕』から卒業したらいいんじゃないかしら?」
え、何言ってるの母さん? 僕は僕であって、僕以外無い僕だよ?
「ほらほらー、妹の手本にならなきゃ、お姉ちゃん?」
「うぐっ!?」
悔しいけどサマエルさんの言う通りだ。僕が兄として……じゃなくて、私が姉として妹の手本にならないといけないんだ……、そうだ、そうなんだ……。
「ご、ごめんね? そう、私はリーファ、アンナのお姉ちゃんと思ってくれていいからね?」
あぁ……、なんか開いてはいけない扉を開いちゃったような気がするよ……。戻れるのかな、私……。
背後でぶふぉっ、と噴き出す音が聞こえた。サマエルさんしか居ないだろう。神の奇跡でもう一度封印してやろうかこの悪魔。
アンナはじぃっと私を見つめていたけど、突然ぎゅうっとしがみつき、「おねえちゃん」と小さく呟いた。
「あらあら、アンナちゃんは、早速リーファちゃんに懐いちゃったみたいねぇ」
「美しき姉妹愛ですね。素晴らしいです」
「はは……ははは…………」
どんどん私が私でなくなっていく気がするよ……。
◆ひとこと
哲学的なタイトルですね()
ここからリーファくん改めリーファちゃんの一人称が変わります。合掌。
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次回は本日23時半頃に更新予定です!