第一四九話「荒れ狂う神気が、怨嗟の塊を飲み込んだ」
「う……ん?」
少し頭がぼうっとする。けれども、私はどうやら生きているらしい。あの怪我なら失血死してもおかしくなかったのだけれども……。
まだ視界がはっきりとしないけど、あちこちで何かが弾ける音が鳴っているのは聞こえる。一体それが何なのかは気になるけれども、ともあれ、早く奇跡の行使に再挑戦しなければならないので身体を起こす。
「聖女リーファが、息を吹き返しました!」
「え」
ラグエル様の言葉に、思わず目を瞬かせる。息を吹き返したって……死んでたの私!?
「ラグエルよくやった! とっととその寝坊助聖女を叩き起こせ!」
メタトロン様が珍しく息を切らせて叫んでいる。見れば……私たちに背を向けて一心不乱に大剣を振り回している。何をしているんだろう?
「やあやあ寝坊助聖女のリーファちゃん、一度は死んだのによく戻ってこられたねぇ」
「あ、サマエルさん。私、死んでたんですか……?」
「そうだよー、コレに急所を貫かれて、ね」
そう言ってサマエルさんは、掌に載せた小指の爪ほども無い何かの欠片を私に見せた。これは……
「……骨、ですか?」
「そ。たぶんサリエルの骨だねぇ。あの肉塊から超高速で飛ばされた流れ弾がリーファちゃんの太腿を貫いたワケ。お陰でアタシも翼をやられて飛べなくなっちゃったよ。まぁ、身体に当たらなかっただけラッキーだけどさ」
なんと、そんなものが私の足を貫通したのか。物体はスピードを出せばそれだけ破壊力が増すことは私も知っているけど、肉体を貫通するほどのスピードを持った骨片って恐ろしいな。
……そうか、メタトロン様、アザゼル、シャムシエルの三人がズタボロになりながらも懸命に剣を振っているのは、その骨片から私たちや兵士の方々を守ってくれているからなのか。
「おい! 解説は後にしろ! とっとと奇跡の詠唱に入れ!」
「は、はい! ……っと、いたっ!」
メタトロン様の怒声に慌てて立ち上がったものの、右大腿部の痛みにすっ転びそうになり、サマエルさんに支えられた。どうやら完全に傷は塞がっていないようで、歩くこともままならないようだ。オマケに血が足りないらしく身体がとても重い。こんな状態で奇跡を行使出来るだろうか。
……いや、やらないと。もう『群体』は限界まで膨らんでいる。いつ弾けてしまったとしてもおかしくはないのだから。
「ラグエルは防壁の維持に戻ったか。じゃあ、アタシがリーファちゃんを支えてあげる」
「う、すみません」
「良いって良いって、アタシも飛べなくなってすること無いんだからさ」
こんな時でもサマエルさんはカラカラと笑っている。この豪胆さは見習いたいものである。
私はサマエルさんに右肩を支えられた状態で、そのままメタトロン様の背中越しに、『群体』へとゆっくり長杖を翳した。まずは集中だ。
「ちっ、骨に混じって石も飛んでくるな。だが、二度同じ失敗はしない。後ろは守ってみせる」
そう零すアザゼルのサーベルもボロボロになっており、いつ折れてもおかしくはない。今は魔力で剣をカバーしているようだけれども、あの剣はもうダメだろう。世話になったし、帰ったら師匠に魔剣のコレクションから一本譲れないか聞いてみよう。
メタトロン様とシャムシエルは、流石は神剣に魔剣と言うだけあって全く折れそうな様子は見られない。でも、骨弾と石弾を躱しきれないのか、二人の翼は見る影も無くボロボロになっている。
「……詠唱の準備が出来ました! 防壁を維持し続けてください! 今度は失敗させません!」
「分かりました! 力天使ザアフィエル、耐えてください!」
「了解です!」
ラグエル様とザアフィエルさんの神術防壁が、再び輝きを増す。先程私を貫いた骨片はいきなり飛んで来た為に前衛の三人も対処出来なかったのだろうけれども、今は本気で守ってくれている上にこの防壁だ。これで触手も骨片も通すことはほぼあり得ないだろう。
さて、『群体』には好き勝手やってくれたものだけれど、ここで終わりにしよう。
囚われている幾万の魂には申し訳ないけれども、世界は生ある者たちの為にあるのだから。
「主よ、万軍の神よ、堕落した者たちへ怒りの嵐を呼び起こし、そして滅びを与え給え――」
今度は最後まで詠唱が続いた。
さあ、滅びの奇跡よ、暴れ狂え!
「〈メギドの丘〉!」
奇跡の術式が完成した瞬間、空がいきなり暗くなる。何処から現れたのか分からない暗雲が立ち込め……
刹那――暴風、否、神気が吹き荒れ始める!
「くっ! くぅぅ……!」
「なんて……暴力的な神気なのですかっ……!」
ザアフィエルさんとラグエル様が両手を翳し、耐えている。普段天使である彼女等の身体から放っているものとは違い、今目の前で吹き荒れている神気は凶器でしか無い。気を抜けば、身体を引き裂かれてしまうだろう。
でも、私の術式も中断するつもりは無い。ここが正念場なのだから!
『群体』は神気に斬り刻まれ、怨嗟の雄叫びを上げている。みるみるうちに萎んでいっているのは、この奇跡の行使が対策として正解だったからに他ならない。
――そう、汝は既に世の理を超えた存在。
――故に、汝は我の――
「え?」
「ん? どったの、リーファちゃん」
「いえ、誰かの声が……聞こえませんでした?」
「んにゃ、何も?」
私に寄り添うサマエルさんに尋ねるも、彼女はふるふるとかぶりを振った。何処かで聴いた、懐かしい声だったのだけれども……。
一体、何処で聴いたんだっけ?
◆ひとことふたこと
というわけで、リーファちゃんが持つ最強の奇跡、かの有名なハルマゲドンです。
実はヘブライ語由来の古代ギリシャ語で、訳すとそのまま「メギドの丘」と考えられています。
メギドというのは地名なのですが、古代にたびたび戦争があった所為で「滅び」の代名詞みたいになっています。
ヨハネの黙示録に終末の戦争の地としてこの名前が出てくるのですが、ただの戦争が多い丘の名前なのに風呂敷広げたなぁという印象が()
リーファちゃんは神様にお目通りしたことを覚えていないようですね。
覚えていなくても運命は変えられない、ということなのでしょうか。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!