第一四八話「白い世界で、私を呼ぶ声の主は」
「ここは…………?」
周りは一面の白。何も無い。白いけれども、不思議と眩しくは無い。
先程まで、私は『群体』を相手に奇跡を行使しようとしていたような……。ええと、何があったんだっけ? 詠唱を始めて、そしたらシャムシエルが叫んで……。
「……そうか、何かに足を貫かれて……。ということは、死んだのかな、私」
大腿部は大きな動脈がある場所だ。あそこを傷つけられたら命に関わる。今は痛みが無いので、きっとそういうことなんだろう。
「もしかして……ここは楽園なのかな。何も無いけれど……」
周りを見回し、目を凝らしても何も見つけることは出来ない。いつの間にか血に染まったワンピースは消え、一糸纏わぬ裸になっていた。……あ、身体も完全に女性へと戻っている。いや戻ったという言い方は変だけど。私は元々男なんだし。
『楽園、ではない』
「え?」
脳内に直接、何者かの声が響いた。脳内に響いたにも関わらず、私は自然とその誰かが頭上に居ることを理解し、空を見上げる。
「何方ですか? ここが楽園ではないとしたら、私は何処に居るのでしょう?」
『ここは何処でもあり、何処でもない場所。楽園へと訪れる前に、皆ここへと辿り着く』
「楽園へと訪れる前に……?」
その言葉が意味することを理解し、私は慌ててその場に跪き、頭を垂れた。
『我の言葉を理解したか、リーファと名付けられし子よ』
「……はい、我等が主よ」
そうだ、先程から響いているこの声。
この声の主は色々な呼ばれ方がされているけれども、私たちが神や主と呼んでいる存在、なのだろう。
つまりここは、神の御許だ。
「……やはり、私は死に、神の御許へ送られてしまったのですね」
『そうだ』
そうか……、私は失敗してしまったんだ。
私が『群体』に対して奇跡を行使出来なかった、ということは、つまりは、他の皆も――
「あ…………」
私の両目から、自然と涙が零れ落ちた。
あれだけ皆を守ろうと日々足掻いていたのに、このたった一度の失敗で、命を失い、そして多くの命をも失うことになるなんて。
悲しさと悔しさが入り交じり、私はいつの間にか嗚咽を漏らしていた。
『悲しむ必要は無い、リーファよ』
「ですが……っ! 主よ、私だけではなく、他の皆も守ることが出来なかったのです! これを悲しまずに居られますでしょうか!」
そうだ。シャムシエル、サマエルさん、アザゼル、メタトロン様、ラグエル様、ザアフィエルさん、そして……多くの人の命。それが私の双肩にかかっていたというのに、守ることが出来なかった。
これで悲嘆に暮れずに居られる訳がないのだ。私は楽園で、どんな顔で彼女等に会えば良いのか、分からない。
『悲しむ必要は無い、リーファよ。汝は再び、地上へ戻ることとなる』
「は……え?」
我等が主の言葉に、流れていた涙が引っ込み、思わず不敬とは思いつつも空を見上げ間抜けな声を上げてしまった。
「し、しかし、私の魂は既に、こうして貴方の御許に居ります。どうして戻ることが出来ましょう?」
そうだ、私の使う奇跡でも魂を引き戻す事は出来ない。何故か? それは私が主の力を借りているだけで、主と同等の力を持っている訳ではないから――
『御使いラグエルに、奇跡を授けた。汝はすぐに地上へ戻り、汝の役目を果たすこととなる』
「ラグエル様に……?」
……そうか、私には出来なくとも、主であればその奇跡の行使は可能だろう。世界を創り出したお方だ。人一人の魂を戻すことなど造作も無いんだろうな。
『汝は既に世界の歯車として容易く切り離せぬ存在となっている。汝がその役目を終えぬ限りは、我も引き続き力を貸すことであろう』
役目……?
「我等が主よ、どうかお答えください。私の役目というのは、一体――」
主への問いを遮るように。
私の意識は何かの奔流に飲まれ、暗転していったのだった。
◆ひとことふたこと
リーファちゃん昇天。
でもすぐに戻って働かされる様子。ブラック企業かな?(笑)
神は色々な名前で呼ばれています。
(みだりに名前を呼んではいけないとされているので、ここでは挙げません)
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次回は明日21時半頃に更新予定です!