第一四七話「作戦は開始された……の、だけれど」
「聖女リーファ、準備は宜しいでしょうか?」
「はい、ラグエル様。何時でも始めて頂いて結構です」
奇跡の行使で無防備となる私を守る為、ラグエル様がザアフィエルさんと共に防御の神術を展開する。辺りの住民の避難も完了し、私が最強の奇跡を行使する時がやって来たのだ。
遠くに見える死霊の肉塊、『群体』ははちきれんばかりに膨らんでいる。すぐにでも滅ぼさなければ、私たちを巻き込んでこの街が更地になってしまうだろう。
何故遠くまで離れているのかと言うと、これから行使する奇跡の効果範囲が余りに広い為である。範囲内で自滅する趣味は無いのだ。
「では、頼むぞリーファ。俺たちは万が一に備えている。何があっても奇跡の行使を中断するんじゃねぇぞ」
「はい、承知いたしました、メタトロン様」
メタトロン様、アザゼル、シャムシエルが、『群体』からの攻撃に備えて壁のように展開している。サマエルさんは私の後方上空から援護してくれるらしい。
街の命運が懸かっているこの奇跡を失敗させるつもりは無いため、ありとあらゆる可能性を考え、王都へ連絡を入れ、国が主導で私を守る配置を考えてくれたのだ。何しろこの街はエーデルブルート王国西部の食料庫であり、事情を知った陛下も動かれている。
ちなみにペル殿下は居ない。「天使たちの後始末に手を貸す義理は無いからのう」と何処かへ行ってしまった。まぁ、過去に彼女たちが神国からされたことを思えば理解は出来る。
「……では、詠唱の準備に入ります」
この奇跡は通常のものとは威力も使う神気の量も桁外れであるため、私は詠唱の前の集中に入った。万が一奇跡の発動地点を間違えると、皆を危険に晒すどころか『群体』を破裂させかねない。集中だ集中。
しかしそんな中、私の神気に刺激されたのか、『群体』から多数の触手が迫り上がり、こちらへ向かってくるのが見えた。
「……神気の流れを察知した防衛反応か。アザゼル、シャムシエル、通すなよ」
メタトロン様がその大柄な身体と同じ位の丈を持つ大剣を構える。アザゼルとシャムシエルも、自分の獲物を抜き放ち、触手の到来に備えた。
「承知だ、聖女リーファは恩人なのだからな。命に代えても守る」
「はい、メタトロン様。ここで食い止めなければ、結果として街ごと我等も消滅する。私も命を懸ける所存です」
三人は静かに触手の到来を待っている。奇跡の効果範囲の可能性となるエリアとの境界には事前に地面へ線を引いており、そこから向こう側に行かないように言ってあるので、動けないのだ。
「メタトロン、アザゼル殿、能天使シャムシエル。相手は触手です。引きずり込まれないように気を付けてください」
「ああ、分かっている、ラグエル。……ふんっ!」
神術を展開しながら忠告したラグエル様に返しつつ、メタトロン様が触手の初撃を斬り払う。斬られたことなど構う事無く、無数の触手があれよあれよとやってくる。一体あの肉塊の何処からこんな数の触手を生み出せるのか、謎だ……っと、集中せねば。
「うわ、触手がこっちまで来た。まぁ数が分散してくれて助かるけど、さっ!」
そうサマエルさんの声がしたかと思うと、射られて千切れたのか、上空からぼとぼとと触手の欠片が落ちてくる。どうやら『群体』は彼女も狙っているらしい。
「ちっ、とんでもない数だな。だが、この程度ならまだまだ何とかなる。メタトロン、シャムシエル、そちらは大丈夫か? 息切れしてるのではないか?」
「誰に言ってんだ、アザゼル。俺は自他共に認める最強の天使だぞ? この程度、鍛錬にもならん」
「ええ、全くです。サマエル様の矢を捌ききる訓練に比べれば児戯にも等しい」
三人とも頼もしいな。しかし、シャムシエルはそんな鍛錬をしてたのか。訓練に付き合うサマエルさんが呆れている顔が目に浮かぶ。
触手の数はとんでもないけれども、皆優秀な戦士であるため捌ききれている。そろそろ詠唱に入れるだろう。
「……詠唱の準備が整いました! 発動に備えてください!」
いよいよ、滅びの奇跡を放つ時が来た。使い慣れた長杖を、ゆっくりと『群体』へと向ける。
発動地点は、あの肉塊の中心だ。
「分かりました。力天使ザアフィエル、皆を守る為の、万が一の神術防壁です。集中をお願いしますね」
「承知いたしました、ラグエル様!」
ラグエル様とザアフィエルさんが、奇跡が起こす神気の嵐から守る為の神術防壁を発動させた。これで安心して詠唱に入れる。
「主よ、万軍の神よ、堕落した者たちへ――」
「リーファッ!」
詠唱を始めたその時、絶望を孕んだようなシャムシエルの叫びが聞こえた。
直後、私の右足は崩れ落ち、どうすることも出来ずに倒れてしまった。一体何が――
「…………え?」
私のワンピースの右大腿部。
そこを小石か何かが貫通したように大きな穴が空き、スカート部分が大きく血に染まっている。
「ラグエル様! 防壁は私が維持します! 聖女リーファを!」
「……分かりました! お願いします!」
いったい、なに、が……。
右足には痛みどころか、もう感覚すら無い。
朦朧とする意識の中、私は、訳も分からず、ただ倒れ伏すだけだった。
◆ひとこと
何者かの攻撃を受け、頼みの綱のリーファちゃんが瀕死です。
どうなってしまうのでしょうか?
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次回は明日21時半頃に更新予定です!