第一四六話「生とは選択の連続なのだ」
周りの避難範囲を拡大して貰い、衛兵や騎士の皆さん、天使、悪魔たちが奔走している中。
私は一人、サリエル様のなれの果てである肉塊から少し離れた場所で佇み、これから行使する奇跡のことを考えていた。
肉塊は少しずつ肥大している。どの位の大きさになったら破裂するのかは分からないけれども、もう逃げても遅いので、こんな近くに居る訳である。
「……気が、重いですね」
自然と深い溜息が出てしまう。
何しろ、今回私が行使しようとしている奇跡は〈安息を〉、〈明けの明星〉、〈主よ憐れみ給え〉のように、魂を神の御許へ送り出すものではないのだ。完全に滅ぼしてしまう。
「万単位の罪も無い魂を、滅ぼす、ですか……」
「なんじゃ、覚悟を決めたのではなかったのか、聖女よ」
背伸びした子供のような声に振り返ると、いつの間にか私の背後でペル殿下がお付きの女性を伴い、呆れた視線を私に向けていた。
「覚悟を決めたつもりでしたが、中々に、厳しいですね」
「仕方ないじゃろう? この街を更地にして周りの地域に幾万の死霊をばら撒くか、一部を更地にして死霊を滅ぼすか。今生きている者たちを救うのであれば、選択出来ることは歴然としておる」
「そうなのですけれども……」
そう、私が使う奇跡がもたらす物理的被害もかなりのものだが、サリエル様に利用されただけの魂を万単位で滅ぼすというのが、私には堪えてしまう。
「何か他に方法は無いか、と考えてしまうのですよね」
「じゃが、万単位の魂を昇天させることなど神気が足りず出来ぬのじゃろう? だとすれば、出来ることは消滅させることしかあるまい。おぬしもそれは理解している筈じゃ」
「………………」
うん、頭では分かっている。分かっているのだ。第一、もう既にその奇跡の為に今奔走している方々がいらっしゃることも。
でも、何か一縷の望みが無いか、探してしまうのだ。
ペル殿下は、悩み倒す私を見かねたように溜息を吐いた。
「少し、妾の昔話をしようかのう」
「……はい?」
昔話って……ペル殿下ってそんなにお年を召されているようには見えないんだけど。やっぱり竜人だし、見た目通りの年齢じゃないのだろうか。そもそも実体は地竜だし。
「妾たち地竜族はな、例に漏れず長きの間天使たちに迫害されておった時代がある」
「……はい、それは存じております」
今でこそメタトロン様主導で融和政策を採っているカナン神国だけれども、一〇〇〇年以上前は、天使と人間以外の種族を悪魔と呼び、存在すら認めなかったのだ。今でもサリエル様のような、古い考えを持っている天使たちが居るようだけれども。
地竜を始めとする竜族は迫害されていた尤もたる存在で、ヴィニエーラ帝国のルシファー陛下が「サタン」と呼ばれていた頃、火竜の姿をとることが理由で虐げられていたのだとか。全くもってとばっちりもいいところである。
「現在は地竜族も条件付きではあるが、天使と友好関係を結んでおる。……が、当時それを快く思わない一派が居り、反乱が起こった。その時、地竜王女たる妾はどうしたと思う?」
「……普通に、反乱を鎮圧したのではないのですか?」
「鎮圧だけでは不正解じゃな。反乱分子の居る山を攻め落とし、奴らの一族郎党を一頭残らずその場で処刑したのじゃ」
「…………え」
予想を遙かに超えるダイナミックさに、私の意識が一瞬空に飛んだ。
「何故そんな事をしたか? 当時奴らは、天使たちへの復讐の為にカナン神国へ攻め入るつもりだったのじゃ。王族としてそれは見過ごす事は出来なかったので、関係者を全員処刑した。老若男女問わず、すべての者を。これ以上復讐の連鎖が起こらぬように」
……復讐の連鎖を断ち切る為に、復讐の種になる者ごと殺したのか。
大胆というか豪胆というか……、それでも、命を軽んじている訳では無いのだろう。むしろ軽んじていないからこそ、戦争も内乱も起こらぬように芽を摘んだのだ。
「大局を見誤るな、聖女よ。妾がしたことに比べれば、おぬしのしようとしていることなど悩むまでも無い事じゃ。命を秤に掛けよ。おぬしが守ろうとしている者は誰なのじゃ?」
「……命を……秤に…………」
……母さんとアンナがマスティマに攫われた時もそうだったけれども、結局はそうなってしまうのか。あの時は結果としてアザゼルが助けてくれたけれども、今回はそんな都合の良い存在は居ない。
ならば、ディースブルクの人たちを守る為に、聖女として幾万の魂を滅ぼすしか無いのだろう。
――世界は生ある者たちの為にあるのだから。
「貴重なお話を頂き、ありがとうございます。殿下の言葉に救われました」
「ふふん、長生きしておるからな。含蓄あるじゃろ?」
「そのお言葉で台無しですが」
「なんじゃと!?」
不敬な冗談に憤慨する殿下へ、私は吹っ切れたようにクスクスと聖女スマイルを向けたのだった。
◆ひとこと
王族がこんな暴挙を犯せば民はドン引きかも知れませんが、そこはそれ、竜なので価値観が違うのです。
むしろ好感度が上がったのだとか。
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