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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第三章「悪魔の天使」
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第一四六話「生とは選択の連続なのだ」

 周りの避難(ひなん)範囲(はんい)拡大(かくだい)して(もら)い、衛兵(えいへい)や騎士の(みな)さん、天使、悪魔たちが奔走(ほんそう)している中。


 私は一人、サリエル様のなれの()てである肉塊(にくかい)から少し(はな)れた場所で(たたず)み、これから行使(こうし)する奇跡のことを考えていた。


 肉塊は少しずつ肥大(ひだい)している。どの(くらい)の大きさになったら破裂(はれつ)するのかは分からないけれども、もう逃げても(おそ)いので、こんな近くに居る(わけ)である。


「……気が、重いですね」


 自然と深い溜息(ためいき)が出てしまう。


 何しろ、今回私が行使しようとしている奇跡は〈安息を(レクイエム)〉、〈明けの明星(ルシファー)〉、〈主よ憐れみ給え(キリエエレイソン)〉のように、(たましい)を神の御許(みもと)へ送り出すものではないのだ。完全に(ほろ)ぼしてしまう。


「万単位の(つみ)も無い魂を、滅ぼす、ですか……」

「なんじゃ、覚悟(かくご)を決めたのではなかったのか、聖女よ」


 背伸(せの)びした子供のような声に()り返ると、いつの間にか私の背後(はいご)でペル殿下(でんか)がお付きの女性を(ともな)い、(あき)れた視線(しせん)を私に向けていた。


「覚悟を決めたつもりでしたが、中々に、(きび)しいですね」

仕方(しかた)ないじゃろう? この街を更地(さらち)にして(まわ)りの地域(ちいき)幾万(いくまん)死霊(しりょう)をばら()くか、一部を更地にして死霊を滅ぼすか。今生きている者たちを(すく)うのであれば、選択出来ることは歴然(れきぜん)としておる」

「そうなのですけれども……」


 そう、私が使う奇跡がもたらす物理的被害(ひがい)もかなりのものだが、サリエル様に利用されただけの魂を万単位で滅ぼすというのが、私には(こた)えてしまう。


「何か他に方法は無いか、と考えてしまうのですよね」

「じゃが、万単位の魂を昇天(しょうてん)させることなど神気(しんき)が足りず出来(でき)ぬのじゃろう? だとすれば、出来ることは消滅(しょうめつ)させることしかあるまい。おぬしもそれは理解している(はず)じゃ」

「………………」


 うん、頭では分かっている。分かっているのだ。第一、もう(すで)にその奇跡の(ため)に今奔走している方々がいらっしゃることも。


 でも、何か一縷(いちる)(のぞ)みが無いか、探してしまうのだ。


 ペル殿下は、(なや)(たお)す私を見かねたように溜息を()いた。


「少し、(わらわ)の昔話をしようかのう」

「……はい?」


 昔話って……ペル殿下ってそんなにお年を()されているようには見えないんだけど。やっぱり竜人(りゅうじん)だし、見た目通りの年齢じゃないのだろうか。そもそも実体は地竜(ドラゴス)だし。


「妾たち地竜(ちりゅう)族はな、例に()れず長きの間天使たちに迫害(はくがい)されておった時代がある」

「……はい、それは(ぞん)じております」


 今でこそメタトロン様主導(しゅどう)融和(ゆうわ)政策(せいさく)()っているカナン神国(しんこく)だけれども、一〇〇〇年以上前は、天使と人間以外の種族を悪魔と呼び、存在(そんざい)すら(みと)めなかったのだ。今でもサリエル様のような、古い考えを持っている天使たちが居るようだけれども。


 地竜を始めとする竜族は迫害されていた(もっと)もたる存在で、ヴィニエーラ帝国のルシファー陛下(へいか)が「サタン」と呼ばれていた(ころ)火竜(ドレイク)姿(すがた)をとることが理由で(しいた)げられていたのだとか。全くもってとばっちりもいいところである。


「現在は地竜族も条件付きではあるが、天使と友好関係を結んでおる。……が、当時それを(こころよ)く思わない一派(いっぱ)()り、反乱が起こった。その時、地竜王女たる妾はどうしたと思う?」

「……普通に、反乱を鎮圧(ちんあつ)したのではないのですか?」

「鎮圧だけでは不正解じゃな。反乱分子の居る山を攻め落とし、(やつ)らの一族郎党(ろうとう)を一頭残らずその場で処刑したのじゃ」

「…………え」


 予想を(はる)かに()えるダイナミックさに、私の意識(いしき)一瞬(いっしゅん)空に飛んだ。


何故(なにゆえ)そんな事をしたか? 当時奴らは、天使たちへの復讐(ふくしゅう)の為にカナン神国へ()め入るつもりだったのじゃ。王族としてそれは見過(みす)ごす事は出来なかったので、関係者を全員処刑した。老若男女(ろうにゃくなんにょ)問わず、すべての者を。これ以上復讐の連鎖(れんさ)が起こらぬように」


 ……復讐の連鎖を()ち切る為に、復讐の種になる者ごと殺したのか。


 大胆(だいたん)というか豪胆(ごうたん)というか……、それでも、命を(かろ)んじている訳では無いのだろう。むしろ軽んじていないからこそ、戦争も内乱も起こらぬように()()んだのだ。


大局(たいきょく)見誤(みあやま)るな、聖女よ。妾がしたことに(くら)べれば、おぬしのしようとしていることなど悩むまでも無い事じゃ。命を(はかり)()けよ。おぬしが守ろうとしている者は誰なのじゃ?」

「……命を……秤に…………」


 ……母さんとアンナがマスティマに(さら)われた時もそうだったけれども、結局(けっきょく)はそうなってしまうのか。あの時は結果としてアザゼルが助けてくれたけれども、今回はそんな都合(つごう)の良い存在は居ない。


 ならば、ディースブルクの人たちを守る為に、聖女として幾万の魂を滅ぼすしか無いのだろう。


 ――世界は生ある者たちの為にあるのだから。


貴重(きちょう)なお話を(いただ)き、ありがとうございます。殿下の言葉に救われました」

「ふふん、長生きしておるからな。含蓄(がんちく)あるじゃろ?」

「そのお言葉で台無(だいな)しですが」

「なんじゃと!?」


 不敬(ふけい)冗談(じょうだん)憤慨(ふんがい)する殿下へ、私は()っ切れたようにクスクスと聖女スマイルを向けたのだった。



◆ひとこと


王族がこんな暴挙を犯せば民はドン引きかも知れませんが、そこはそれ、竜なので価値観が違うのです。

むしろ好感度が上がったのだとか。


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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