第一四五話「これしか策が無いなんて」
一旦『群体』から攻撃を受けない場所まで離れた私たちは、作戦会議をすることにした。
騒ぎを聞きつけ駆けつけたディースブルクの衛兵さんに、聖女の権限で周辺への避難指示を出しておく。聖女は有事であれば少将と同等の権限を持つ、ということを知った衛兵さんは、私へ最上級の敬礼をしてから近くの兵を集める為に走り去って行った。
「それで、リーファ。アレは一体何なんだ?」
先程まで『群体』と斬り結んでいたにも関わらず息一つ乱していないシャムシエルが、憮然とした表情で私に尋ねる。いやなんで私? メタトロン様やラグエル様に……まあいいや。
「あれはサリエル様の死体に取り憑き、半実体化した死霊の群れです。奇跡で神の御許へお送りしようとしたのですが……術式を展開した所で、異常なほどに神気を吸われてしまいました。普通の霊体ではありませんね」
「死体に取り憑いている時点でおかしいからな。死霊というのは普通、生ある身体に取り憑くものだ」
あ、それもそうだ。よく気がついたなアザゼル。確かにおかしいね、ということは……サリエル様の肉体自体はまだ死んでいないということなのか?
ザアフィエルさんが「サリエル様……」と呟きながら『群体』へ悲痛な視線を向けている。彼女は私が思うよりもサリエル様に近しい天使だったのかも知れない。
「リーファの奇跡が効かないとなれば、はてさてどう対応したものか。ラグエル、何か策はあるか?」
メタトロン様に話を振られたものの、ラグエル様はかぶりを振って応える。大神術師と呼ばれる彼女でもお手上げか。
「……難しいと思いますよ。それを知るには、まずはあれの性質を理解することかと」
「それもそうだな……。奇跡の力すら吸い取る半実体化した死霊の群れ、か……ん?」
と、みんなで唸っていた所で、大通りから近づいてくる二つの人影を見て、私たちは会話を止めた。
「おうおう、何やら五月蠅いと思えば、とんでもないことになっとるようじゃのう」
「げっ、ペル様」
避難指示でてんやわんやしている中堂々と近づいて来たのは、地竜王女のペル殿下とお付きの女性だった。どうやら懐かれているサマエルさんは殿下が苦手らしく、私の後ろに隠れてしまった。盾にしないでください?
「ペル殿下、ここは危険ですので 避難をお願いいたします。ここはわたくし共で――」
「ふむ、だが聖女よ、あの肉塊への対抗策はあるのか? 無いからそのように半分男の身体へと戻っておるのじゃろう?」
「うっ…………」
い、痛いところを。「男の身体……?」とアザゼルが首を捻っている。そう言えば、力を使いすぎると男に戻る、とまでは話していなかったっけ……。
「では、ペル殿下は何か策があると?」
メタトロン様が問うと、ペル殿下は得意気に鼻を鳴らしてふんぞり返った。話し方は老成しているというのに、妙に仕草が子供らしい。
「愚問じゃな、御前の筆頭よ。魂を視ることが出来る妾じゃからこそ分かることじゃが……そもそも聖女が力を吸われたのは、あの肉塊が特殊な性質を持つからとか、そういう訳では無いのじゃ」
「え……? な、ならば、何故わたくしは神気を吸い取られてしまったのでしょう?」
今まで〈明けの明星〉や〈主よ憐れみ給え〉で死霊を神の御許へ送ったことは何度かあるけれども、こんな風に力を吸われたことはないぞ?
「簡単じゃ。死霊の数が尋常ではない。はっきりとは数えられんが、万単位で居るぞ」
「万単位!?」
あ、あの肉塊の中にそんな数の死霊が詰まってるの!? 十分特殊な性質だよ! そりゃ奇跡で昇天させようとしたら神気が足りなくなる訳だよ!
「サリエルめ……、魂の管理を任せていたが、自由に使って良いとは言ってねえぞ……? これじゃ横領じゃねぇか……」
メタトロン様が頭痛を堪えるように頭を押さえている。魂を横領ってなんか面白い表現ですね……。
「……しかし、正体が分かったとは言え、対抗手段をどうするか、だな」
霊体には相性の悪いシャムシエルは、せめて何か出来ないかと考え込んでいるようだ。同じく物理攻撃が主体のアザゼルも沈思黙考している様子。
「そんなもの、圧倒的な力で滅してしまえば良いじゃろう?」
真顔でそうのたまうペル殿下。えぇ……? 滅茶苦茶力業じゃないですか。相手は半実体化しているとはいえ、死霊ですよ? そんなことをしたら……。
「死霊が取り憑いた肉体を滅ぼしても、自由になった死霊が辺りに解放されるだけです。ましてあの死霊たちは暴走している状態。今は幸い一カ所に取り込まれておりますが、散ってしまえば対処のしようも無くなりますよ?」
うん、ラグエル様の言う通りだ。肉体を滅ぼしても死霊は周りに解放されるだけで、より大きな被害が出る可能性だってある。
しかしそんな反論など無意味、とばかりに、再び鼻を鳴らしたペル殿下が、私の方を向いてニヤリと笑う。嫌な予感。
「あるんじゃろう? 大量の魂ごと滅ぼせる奇跡の力が」
「え…………あっ」
ある。確かにある。
……けれどもそれは、色々な問題を抱える奇跡だ。簡単に使っていいものじゃない。
「何かあるのか、リーファ」
「………………」
あります、と軽々しくは言えず、私はメタトロン様に思わず沈黙を返してしまった。
何故なら、それは――
「おい、あの肉塊、さっきよりも大きくなってないか?」
会話の途中だったけれども、アザゼルの言葉に全員が『群体』へと視線を向ける。
彼の言った通り、最初は直径二メートルだった肉塊が、今はその倍、直径四メートル弱にまで膨らんでいる。一体何が……?
「ああ、魂の数に耐えきれず膨らんでおるのかのう。あのままだと、パーン、じゃな」
「……ぱーん、すると、どうなるのでしょう?」
大体想像はつくけれど、私は唾を飲み込み恐る恐るそうペル殿下へ聞いてみた。
「まあ、爆発四散すればここいらが更地になるだけでなく、死霊どもは暴走したまま解放されるじゃろうな」
「………………」
辺りが、更地に、か……。
「ほれ、覚悟を決めんか、聖女よ。ここに居る誰もおぬしに責任を負わすことなどせんじゃろう?」
……それは、そうなんですけれどもね。
でも、このまま手をこまねいていても仕方ない。やるしか無いんだ。
「……皆さん、これからある奇跡を行使しようと思います。それは――」
覚悟を決めた私は、その奇跡についての説明を始めた。
◆ひとことふたこと
困った時に颯爽とアドバイスをくれるペル殿下。
彼女は強すぎることを自覚しているので、極力自分が手を下さないようにしているのです。
ぱーん、が可愛い。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!