第一四四話「胸はまだ良いけどそこは触っちゃダメ!」
「……う、うぅ…………?」
「お、起きた。だいじょぶ? リーファちゃん」
瞳を開けると、サマエルさんとメタトロン様が覗き込んでいた。
「はい……、離れていたので、なんとか。皆様は……?」
「ああ、見た目よりは威力が無かったので全員大丈夫だったが……寝ている暇は無いぞ、リーファ」
「え?」
そう言ってメタトロン様が指し示した場所には――
「……何ですか、あれは……?」
見ればシャムシエルとアザゼルが、地上で蠢く巨大な塊を相手に剣を振るっていた。それは肉塊と言って良いのだろうけれども、所々に人間や獣の口が付いており、怨嗟の声を上げている。二人は肉塊から伸びる触手のようなものを巧みに斬り飛ばしているが、次から次へと再生しているようで、キリが無いように見える。
「何ですかも何も、死霊の塊って言えばいいのかなー」
「死霊の……塊……」
サマエルさんの説明で納得出来る人は居ないかも知れない。何がどうなって、あんなものが生まれたというのか。想像が付かない。
「恐らくだが、アレは……サリエルが管理していた魂の一部、だろうな。奴は駒として死霊を使っていたんだろう。魂を管理する天使だったからな。勿論違法だが」
「……そういうことですか」
そういえば、サリエル様はそういう役目を担っていたっけ。空席になってしまったけど、誰か代わりの天使は居るのだろうか……ということを今気にしていても仕方ないな。
それにしてもメタトロン様の言葉で死霊の出処は分かったけれども、何故あんな風に……?
「……あぁ、分かりました。行き場を無くした死霊たちが、サリエル様の身体を一斉に乗っ取ったのですね」
「推測するに、そうだろうな。実体化までしているのは、恐らくサリエルの身体が耐えられなかったからだろう」
なんと、まぁ。長い時代を生きた天使のなれの果てがコレだとは。哀れという言葉で片付けるには余りある悲劇である。
シャムシエルとアザゼルは物理主体の剣士なので苦戦している様子。ラグエル様は不死体を滅ぼす大神術が使えると聞いているけれども、二人の援護で手一杯らしい。唯一効果的なダメージを与えられていそうなのはザアフィエルさんの神術だろうか。それでも死霊の数が減っているようには見えない。
「すぐに、奇跡で死霊たちを昇天させます。ある程度近づく必要が御座いますので、申し訳ございませんが護衛を頂けますでしょうか」
「ああ、分かった。俺が地上でリーファの正面を守るので、サマエルは上からサポートを頼む」
「はいな」
話が早く、メタトロン様もサマエルさんも快諾してくれた。実体化した不死体の昇天だし、〈明けの明星〉を使えば、神の御許へ送り出す事が出来るだろう。
メタトロン様の後ろを引っ付くようにして、死霊たち――『群体』とでも呼ぼうかな。口に出して名付けをすると力を与えるので言わないけれど――に近づいていく。西の丘で巨人の死霊たちを昇天させた作業を思い出すけれど、アレほど大変ではあるまい。
「もう少し近づくか?」
「はい、あと三メートルくらいでしょうか」
「了解。……っと、こちらに気付いたか。触手が伸びてきた」
メタトロン様は大剣を振るう為、私が背後にぴったり付くと邪魔になってしまう。故に少し離れているんだけれども、そのお陰でメタトロン様は触手の攻撃に晒されてしまっている。申し訳ない。
しかし最強の天使はそんな事問題でも無いようで、まるで木っ端のように軽々と大剣を振り回して触手を斬り落としてゆく。上からはサマエルさんの弓の援護もあるので、取り逃して私の方へ攻撃が来ることも無かった。うーん、流石。
「この辺りで良いでしょう。詠唱に入ります!」
「分かった、頼むぜリーファ」
私はメタトロン様とサマエルさんに負担を掛けないよう、迅速に詠唱へと入った。
「主よ、迷える御霊を正しき道へと導き給え! 〈明けの明星〉!」
奇跡の術式が発動し、『群体』が昇天を――
「あ……、え……?」
もの凄い勢いで神気が奪われていく感覚に、思わず声を上げ、膝をつく。奇跡も中断されてしまい、神の御許へ送り出せた死霊も、大した数では無かった。
「リーファちゃん! どうした!」
「わ、わかりません……異常なほどに神気を吸われました……。ごめんなさい、もう一度――」
「駄目だって! 原因探ってからじゃないと! 神気空っぽになっちゃうでしょ! ほら!」
「え……ひゃあ!」
朦朧とした頭でもう一回詠唱に入ろうとした私をサマエルさんが止めて……いきなり背後から胸を鷲掴みにされ、私の目が一気に覚めた。
「な、何をしているのですか!」
「ほら! 胸もちっちゃくなってる! 股間だって――」
「わ、わーっ! 触らなくていいです!」
神気を使いすぎたからといって、そんなこと確かめなくていいですから!
「おいこら、俺たちに戦わせておいてイチャイチャしてるんじゃねぇ、一旦全員で下がるぞ」
メタトロン様に怒られました。ごめんなさい。
◆ひとことふたこと
なんてエロいサブタイなんだ()
レギオンは新約聖書に登場する、ある男に憑いていた「悪霊たち」です。
その数や二〇〇〇。最後にはその魂は別々に豚へ乗り移らされて全員入水自殺します。レミングか。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!