第一四一話「幕間?:久しぶりのお外は、刺激に満ちていた」
そして作戦の当日、私は迎賓館を出ると、見た目は「窮屈な結界内での生活から解放された」といった上機嫌な様子で大通りを歩き出した。
「それにしてもリーファちゃん。あたしたちを護衛に付けるから結界の外へ出ても良い、なんて……信頼してくれるのは嬉しいんだけどさ、ホントに大丈夫かな?」
「ええ、信頼しております、サマエルさん、アザゼル。偶にはこうして外に出ていないと、身体に悪いですからね」
私は護衛を担ってくれるお二人に対し、そう言ってにっこりと微笑んで見せた。
「まあ、そうだな。俺たちはその信頼に応えるまでだ。絶対にマスティマから守ってやるさ」
「ええ、よろしくお願いいたします」
お二人が私の脇を固めているので目立ってしまうけれども、囮としてはこのくらいで良いでしょう。
久しぶりの外ということなので、今までの鬱憤を晴らすかのように食材や魔術書などの買い物に励んでいく。この辺、経費で落ちるでしょうか? まぁ気にせず買っていきましょう。
「……いや、少し、買いすぎじゃないのか?」
「これ位で今までの鬱憤は晴れないのですよ、アザゼル」
「まぁ、そうだろうが……」
街の中心部から少し離れた人通りの少ない道でベンチに座り、ほくほくとした顔で荷物に囲まれながら昼食代わりの串焼きを食べる。ああ、堕落の一時。癖になりそうです。
「まぁ、ずっと押し込められてたリーファちゃんにとっては念願の外なんだし、次は何時来られるか分からないからね。精々あたしたちは守ってやるくらいしか――」
サマエル殿の言葉がそこで途切れた。どうしたのかと彼女の方を見ると、真剣な表情で辺りを睨んでいるようだった。見れば反対側のアザゼル殿も同様に真剣な表情ですが、こちらは私を守るように立ちはだかっています。
「気のせい……じゃないよね?」
「ああ、マスティマが居るな。何処から――」
と、そんな状況になってから一〇秒も経たない内に、アザゼル殿側の建物がいきなり燃え上がる。これは――
「ぐっ……、そう来たか。サマエル、リーファは任せた! 俺は建物の中を見てくる!」
「分かった! ……って、もう一軒!?」
アザゼル殿が向かわれた家とは反対側、サマエル殿側にあった建物も燃え上がる。
しかし、サマエル殿は私から離れる訳にもいかないのか、火事になった家を悔しそうに見つめている。
「構いません、行って下さい、サマエルさん」
「リーファちゃん! だけど……」
「何か仕掛けてくるとは思っておりました。ですから、大丈夫です」
「……分かった!」
サマエル殿は意を決したかのように、家屋の方へと駆けだした。
……大丈夫、これで問題は無い。落ち着いて、私。
こうなることはある程度予想がついていたので、人が殆ど住んでいないこの区域を選んだのですから。
「そして……やはり、いらっしゃいましたか、サリエル様」
「ほう? 聖女リーファよ、何故私が来ると分かったのだ」
そう、私の正面から堂々と歩いてくるのは――サリエル。もしやとは思っていたけれども、現実になってしまって、悲しい。
「……メタトロン様もラグエル様も、『サリエルが介入する時は、自身の益になる以外は無い』と怪しんでおられました。今回の遠征も、本当はここへ訪問される予定では無かったと伺っております」
「そうだ、私は常に実利に従って動いている。そもそもだ、聖女リーファよ。マスティマが最初に貴様の元を訪れたのも、私がそう仕向けたからだ」
……なるほど、そういう訳ですか。
「良いのですか? そんなにベラベラと。その内にメタトロン様もこちらへいらっしゃいますよ?」
「なぁに、その前に――聖女リーファ、貴様を乗っ取れば済むだけの話だ!」
そう吠えると、サリエルは手にしていた小さな水晶体を私の方へと翳した。瞬間、紫色の煙が立ち上り、彼の隣にマスティマの霊体が現れる。
「その魔道具でマスティマを隠していたのですね。それはラグエル様が必死で探しても見つからない筈です。……現場へ真っ先に移動した貴方が保護していたのですから」
「ふん、マスティマは今も昔も私の大事な駒だ。そう簡単に奪われては困るのだよ。……行け、マスティマ! あの聖女を乗っ取り、神の奇跡を操る不遜な輩の魂を永遠に封じてしまえ!」
サリエルの命令と共に、マスティマは再び元の煙に戻ってゆく。垣間見えたその表情からは、最早狂気しか窺うことが出来ない。
「はい、すべては神の御意志。奇跡を操るなど神への不敬なのですよ、偽りの聖女リーファ!」
煙のままそう叫び、マスティマは私の身体を覆い尽くした。その煙が、私の耳から入り込んで――
「なっ!? こ、これは――」
何かに気付いたマスティマが、ピタリとその動きを止めて動揺した声を上げた。
「どうした、マスティマ、早く聖女リーファを乗っ取ってしまえ!」
「いえ……サリエル様、これは……偽りの聖女リーファではありません!」
おや、もう気付かれましたか。まぁ、そうでしょうね。
死霊風情が、常に神術結界を張っている私の身体を乗っ取る事など出来ませんから、ね。
「なんだと!? 貴様、一体何者だ!」
聖女リーファでない何者かへと誰何するサリエルの表情は、今までに見たことの無い焦りに満ちていた。
「もう遅いですよ。帰還の日が近づき、事を急いでしまったのが運の尽きですね、サリエル」
そう告げて、私は〈変身〉の魔術を解いてゆく。……この身体、可愛いので結構気に入っていますし、後でまたこっそり化けてみますか。
そして変身を解き終わった私の正体を知り、サリエルの顔が怒りに歪む。歯軋りの音が聞こえた。
「貴様……ラグエルかッ! どうやって身体から神気ではなく魔力を放出していた!」
聖女リーファに成りきり囮となっていた私に、サリエルが憤り叫ぶ。
そうですね、天使は身体から常に神気を放出するもの。ですが――
「魔術を行使出来る私に、魔力の放出など容易いことですよ、サリエル。……さあ、色々と説明して頂けますか? ……ああ、貴女にはもう用はありません。ですので……」
私の身体に入り込もうとしたために、逆に神術結界に繋ぎ止められて身動きできないマスティマへ、彼女にとっては致命の一撃である神術を放つ。
「聖霊よ、彷徨える憐れな御霊に滅びの歌を聴かせなさい! 〈滅光〉!」
「やめ――」
何かを言いかけたようですが、断末魔の叫びを上げる暇すら無く。
死霊へと変じていた悪魔の天使の魂は、一瞬で消し飛んだのでした。
◆ひとこと
〈変身〉の有効活用!
マスティマさんお疲れ様でした。あとは黒幕に任せてお休みください。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!