第一四〇話「タイムリミットも近いので、攻めに出ることにした」
この迎賓館に滞在するようになって、もう結構な日数が経った。けれども未だマスティマは見つかっていないらしく、夕食でご一緒した際のメタトロン様とラグエル様からは焦りのようなものが見え隠れしていた。
「マスティマはかなり慎重に事を運んでいるようでな、ラグエルが位置を特定した後に俺とサリエルが現場へ向かっても、気取られているのかすぐに逃げられてしまう」
夜、私の部屋へ定期連絡に来て頂いているメタトロン様が、しょんぼりとしょげているラグエル様を横目にそう説明してくれた。お二人ともかなり疲れていらっしゃるご様子。
何かお手伝いが出来れば良いのだけれども、私には生憎とご飯を作ってあげることくらいしか出来ないのがもどかしい。
「そうなのですね……。何か、神気を感知するような仕組みでも備えているのかも知れませんね」
「どうだろうな? サマエルとアザゼルが向かっても同じように逃げられてしまうからな。何か別の問題があるのかも知れん」
あ、サマエルさんとアザゼルも駄目なのか。となると、何だろうなぁ。
「……そう言えば、サリエル様は今日も単独で行動を?」
「ああ、あいつには遊撃が最も適しているからな。サマエルほどじゃないが、空を移動する時の速度は神国でもトップクラスなんだよ」
へぇー、そういうタイプだったのか。というか、サマエルさんの凄さが改めて分かる一言だな。色々とぶっとんだスペックだよね、あのお姉さん。
「まぁ、いい加減そろそろ俺たちも神国に戻らないとならん訳だが、マスティマの放置も出来ない。そこで俺は良い作戦を思いついてな」
「良い作戦……ですか」
御前の天使たちがこの地を訪れてから、結構な時間が経っているし、自国へと戻る必要が出てくるのも当然だ。こんな状況に一石を投じる案とは――
「リーファが囮となり、マスティマをおびき出して貰う」
……え?
それ、大丈夫なんでしょうか? だって万が一憑依されて乗っ取られたら、無尽蔵な魔力を使われてしまい手に負えなくなるんじゃ?
私がそういった心配を顔に出していると、メタトロン様は不敵に笑って見せた。
「なぁに、心配するな。絶対にお前が憑依されないような策がある。というのも――」
メタトロン様は、その計画についてを説明してくれた。
「……なるほど、それならば私が憑依されることはありませんが……皆さんに危険があるのでは?」
「そんなことは今更だ。今はマスティマを消滅させ、リーファが自由に動けるようになるために最優先で行動しなけりゃならん。そのためにも、この作戦は絶対に成功させなければ、な」
ま、そうですよね。今は聖女である私が封じられているも同然の状態だ。もしかしたらマスティマにとっては、奇跡を行使出来る「偽りの聖女」が身動き出来ないこの状況こそが望んだ姿なのかも知れないし。
「何か、私に出来ることはありませんか?」
「まあ、そうだな……ならば、一つだけ言っておこう。この作戦は、俺とラグエル以外には口外しないで欲しい」
「メタトロン様と、ラグエル様以外には? サリエル様については?」
「サリエルにも話すな。敵を欺くにはまず味方から、だ」
なんと。まあ、サリエル様がこの部屋はおろか迎賓館を訪れたのは初日だけなので、話すタイミングすら無いんですけど。
「そんな訳だから、もう少しの辛抱だ、リーファ。待っていてくれ」
「……はい、よろしくお願いいたします」
私は胸に一抹の不安を抱えつつも、メタトロン様とラグエル様を信じ、作戦の日を待つことにしたのだった。
◆ひとこと
長い間メタトロンは神国を離れていますが、現在は代理で弟のサンダルフォンがすべての執務を担当しています。
兄を超える巨漢のサンダルフォンですが、実は書類仕事が一番得意なので、神国の政務は滞り無く進んでいるとか。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!