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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第三章「悪魔の天使」
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第一三九話「私、私に押し倒される」

 夕方になり、今日から自由に動き回れる場所が迎賓館(げいひんかん)全体と変わったので、私は厨房(ちゅうぼう)で調理のお手伝(てつだ)いをさせて(もら)っていた。


「本来であれば、お客様の聖女様を厨房に立たせるなど、言語道断(ごんごどうだん)なのですが……」

「良いのです。軟禁(なんきん)状態(じょうたい)なのですから、少しでも気が(まぎ)れることをさせてくださいませ」


 聖女に仕事をさせているために落ち着きの無い迎賓館専属(せんぞく)シェフにそう返すと、私は(たく)みに包丁(ほうちょう)(いも)の皮を()いていく。……おっと、確かこのジャガイモっていうのは、()と青い部分に毒があるんだっけ。きちんと処理しなくては。


「何と言いますか……手慣(てな)れていらっしゃいますな、聖女様」

「ええ、この程度(ていど)でしたらお母様に仕込(しこ)まれましたので、慣れております」


 なんか大教会でもあったな、こんなやり取り。あの時はシェフじゃなくてシスターだったけど。


 そんな(わけ)で、シェフ見習いの方々(かたがた)一緒(いっしょ)一品目(ひとしなめ)を作り上げた(ころ)に、厨房へラグエル様がやって来た。


「あら、今日は聖女リーファが料理したものを(いただ)けるのですか?」


 ニコニコと(うれ)しそうに厨房へ入ろうとするラグエル様。


 その(かた)をがしっと(つか)み、私は彼女を厨房の外へ押し(もど)した。


「ラグエル様……。(もう)し訳御座(ござ)いませんが、天使の方は厨房へ入らないで頂けると……」

「え? 何故(なぜ)です?」

(つばさ)が……その、不衛生(ふえいせい)ですので……」

「不衛生ッ!?」


 あ、ショック受けてる。でもねー、こちらとしても髪の毛が入らないようにちゃんと帽子(ぼうし)とか三角巾(さんかくきん)(など)で対応しているのですから、そこは(わきま)えて頂かないと。特に一二枚も翼をお持ちなんですから。


「ばっちぃと言われました……」


 うるうると瞳に(なみだ)()めて天井(てんじょう)(あお)いでいるラグエル様。意外(いがい)とナイーブなお方だったらしい。


「そこまで申し上げてはおりません……。……あ、そうです、ラグエル様。マスティマの(けん)(ふく)めて、色々とお(うかが)いしたいことが御座います。夕食の後、お時間を頂けますでしょうか」

「はい、承知(しょうち)しました……。……ばっちぃ……」


 そう(つぶや)きながら、(かた)と翼を落としてラグエル様は()って行ってしまった。ちょ、ちょっと申し訳ないことをした気分になってしまった。




 夕食も終わり、ラグエル様が私の部屋へやって来た。メタトロン様とサリエル様は別の仕事があるとのことで、二人だけで話をすることになった。


()ずは、マスティマの件についてお話いたしましょうか」

「はい、よろしくお願いいたします、ラグエル様」


 ラグエル様は持っていた紙の(たば)紐解(ひもと)いた。もう夕食前のテンションは引き()っていないようだ、良かった。


「マスティマの所在(しょざい)についてですが、特定の霊体(れいたい)探索(たんさく)する神術(しんじゅつ)(もち)いたことで、この町の何処(どこ)かに居る事までは分かっております。こちらの読み通り、聖女リーファの身体を(ねら)っているのでしょうね」

「……やはり、そうですか」


 私の身体は〈聖女化(セイント)〉の奇跡を受けているため、使える魔力がほぼ無尽蔵(むじんぞう)と言って良い。その魔力を使えば、マスティマが「神罰(しんばつ)」とやらの何かを起こすのに十分()ぎるのだろう。だから彼女は私の身体を狙うのだ。


 それにしても、霊体を探索する神術なんてものがあるのか。是非(ぜひ)機会(きかい)があれば教えて頂きたいものである。


「そういった訳ですので、申し訳御座いませんが、引き続き聖女リーファには神術結界が張られているこの迎賓館に(とど)まって頂きます」

「承知いたしました。仕方(しかた)の無い事ですので、大丈夫ですよ」


 しかし、このまま日に当たらない生活をしていると、そのうちもやしになってしまいそうだ。……いや、研究(けんきゅう)を続ける魔術師の生活とあまり変わらないか。


「マスティマの件は引き続き進展(しんてん)がありましたらお(つた)えいたします。……それで、私に聞きたいことというのは何でしょう?」

「はい、率直(そっちょく)に伺いますが……性別を男性に変化させる術式(じゅつしき)について、何かご存知(ぞんじ)ではないでしょうか」

「男性になる術、ですか、なるほど……」


 ラグエル様はその質問だけで、私の言いたいことが何かを把握(はあく)したようだった。まぁ分かるよね。


「……それは奇跡や神術よりは、魔術の領分(りょうぶん)、ですね」

「魔術……ですか。(たし)かに……」


 ラグエル様の(おっしゃ)るように、〈変身(メタモルフォーゼ)〉など姿(すがた)を変える術と言えば魔術だ。なんだけど……。


「〈変身〉の魔術を永続化(えいぞくか)すれば、(ある)いは……。しかし、あれは非常に難度(なんど)の高い術で、変身自体もですが、維持(いじ)する方は(はる)かに(むずか)しいのですよ」

「……はい、(ぞん)じております……」


 私も魔術師の(はし)くれですからね。その魔術自体は知っているし、師匠ですら使いこなせない(ほど)に難しいのも知っています。


「〈変身〉の永続化、それが出来るのでしたら、私も興味(きょうみ)はありますが――」


 と、ぶつぶつと詠唱(えいしょう)を始めたと思ったら、ラグエル様の姿が――おお、私と瓜二(うりふた)つに。


「ラグエル様は、魔術もお使いでいらっしゃるのですね」

「ええ、立場(たちば)上、そのことについては公言(こうげん)しておりませんが」


 そう言って、悪戯(いたずら)っぽく聖女スマイルを見せてくれるラグエル様。声まで私に()せているとは、これでは(はた)から見たら区別が付かないだろうね。


「それは、何故(なぜ)です?」

「……サリエルなどのように、『魔術は悪魔が広めた物』などと毛嫌(けぎら)いする者も()りますので」

「ああ……」


 魔術というのは、天使が広めた物ではない。今の言葉通り、悪魔が広めた物だ。サリエル様のような旧体制(たいせい)()が嫌うのも理解(りかい)は出来る。


「それにしても……(かがみ)でもないのにわたくしの姿が目の前にあるというのは、不思議(ふしぎ)なものですね……」


 私は立ち上がって、私に化けたラグエル様をまじまじと観察(かんさつ)させて頂く。へぇ、私の後ろ側ってこうなってたんだ。それにしても、難しい(はず)の〈変身〉をこんなに長く維持しているとは、流石(さすが)は大神術師と呼ばれるだけある。


「ええと……聖女リーファ?」

「もう少し、近くで見せて頂け……わきゃっ!」

「きゃっ!?」


 ラグエル様の(となり)(すわ)ろうとして蹴躓(けつまず)き、私は私に(たお)れかかってしまった。彼女が手にしていた紙の束が(まわ)りに()ってしまう。


「………………」

「…………ええと」


 なんだこれ、私が私を押し倒している。二人とも何も言えず、奇妙(きみょう)沈黙(ちんもく)が部屋を支配(しはい)した。


「リーファ、ラグエルが来ているだろう? 入るぞ」

「えっ!? メ、メタトロン様!?」


 ごんごんと無骨(ぶこつ)なノック音と(とも)に聞こえた声に、(あわ)てて立ち上がろうとするも、手が(すべ)っ――


「わぷっ!?」

「失礼す……って……」


 私が私、じゃなくてラグエル様の(むね)に顔を(うず)めたところで、返事(へんじ)も待たずに入って来たメタトロン様が、状況(じょうきょう)を理解出来なかったのかそこで言葉を止めてしまった。なんで乙女の部屋へ勝手に入ってくる男ばっかりなの!


「……なんだ、その……。俺は何も見ていないが、神に(そむ)かない程度(ていど)行為(こうい)にしてくれ、ラグエル?」

「ご、誤解(ごかい)ですメタトロン!」


 変な気を()かせて部屋を出て行こうとしたメタトロン様に、目の前の私は泣きそうな声でそう(さけ)んだのだった。


◆ひとことふたこと


実家に居た頃も、アナスタシアとリーファちゃんはシャムシエルを厨房へ近寄らせなかったようです(笑)


リーファちゃんがリーファちゃんに押し倒されてリーファちゃんのリーファちゃんが大変なことになる所でした!


--


次回は明日21時半頃に更新予定です!

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