第一三八話「地竜王女的解決方法は、至ってシンプルなものでした」
「はぁ…………」
御前の天使たちが迎賓館を出て行った後、私は一人、窓の外を眺めながら溜息を吐いていた。
シャムシエルとザアフィエルさんも気を利かせてくれたのか、部屋には居ない。ラグエル様がこの迎賓館自体に神術結界を張ってくれたので、一応私はこの館から出ない限り、安全だ。
「身体が耐えきれない、か……」
てっきり私は〈聖女化〉の逆転で身体を戻せるかと思っていたけれども、それは神の奇跡を行使する前の話だったのだ。神気を受け続けたこの身体は既に聖霊に近しい存在となっているため、力を持ったまま無理矢理に戻そうとすると人間に近い部分だけ戻り、サリエル様の言う通り、身体が弾け飛ぶのがオチなのだろう。
「そもそも〈聖女化〉の逆転自体、奇跡を用いなければ出来ないことだ。もう一人奇跡が使える存在が居ないと、無理な話だったんだ」
このまま私は、女性のまま生きていかなければならないらしい。腹を括ればいいだけの話なのかも知れないけれども、ずっと希望を持って動いてきただけに、辛い。
「何をそんなに溜息を吐いておる」
「……溜息くらい、吐きたくなりますよ……って……」
いつの間にか部屋に誰か入って……!?
「なんじゃなんじゃ、辛気臭い顔をしおって。ほれ、いつものような愛想笑いを見せろ」
振り返った私の視界に収まっていたのは、水着のような露出度の高い亜麻色の服に発展途上の身を包んだ二つの竜の角を持つ浅黒い肌の少女と、同じような格好をした、こちらは私と同じくらいに発育の良い一八歳くらいのお付きらしい女性だった。
「ペ、ペル殿下!? どうして……ナビールに戻られたのではなかったのですか?」
そう、私の目の前に居るのはナビール王国に住まう地竜の王女であるペル殿下だ。休戦となった為にナビール王国へ戻られた筈だったのに、何故ここにいらっしゃるのか。
「なに、地竜を裏切ったナビールなどにもう用は無いからの。荷物を纏めてエーデルブルート王国へ大移動中じゃ」
え、それって大事じゃないですか。今頃国王陛下を始めとする国の中枢が対応に追われていそうなんですが。食料とか大丈夫なの?
「と、いうことは、今後、地竜族はエーデルブルート王国の領内に?」
「まあ、そうじゃ……が、マスティマとやらの件が片付くまで、妾はここに滞在するぞ。一応、世話になったおぬしを捨て置く訳にもゆかぬしな。それに……」
それに? なんかペル殿下のご尊顔がだらしなく緩んでいるのが気になる。
「妾はお姉さまと一時も離れとう無いのじゃ。妾を救い出してくれた時の、あの凜々しさよ。聞けばお姉さまはかの有名な堕天使サマエルだと言うでは無いか。地竜王の血を繋げるには申し分無い程の血統。妾はお姉さまの子を孕むまで離れるつもりは無いのじゃ」
「…………殿下も、サマエルさんも、女性ではありませんか」
「何を言うか。愛は性別など超えるのじゃぞ。そのくらいの奇跡は起こしてみせる」
ぐっ、と拳を握って力説するペル殿下。……いやー、無理じゃないですかね。神の奇跡でもそれは実現出来なさそう。
お付きの女性に「大変ですね」と目で合図を送ってみたら、真顔でこくりと頷かれた。この竜人さんも振り回されているらしい。
「さて、戯れ言はこのくらいにして……聖女リーファよ、男に戻れぬと知り悩んでおるようじゃな」
「……何故、そのことを?」
この事は天使五人にしか教えていない筈なんだけど。あとはシャムシエル経由でサマエルさんとアザゼルに教えたくらいか。何処から漏れた。
「サマエルに熱烈アピールをしておったら、『ちょっとリーファちゃんの相談に乗ってやってくれない?』と教えてくれたのじゃ」
サ、サマエルさあああん! 相手をするのが面倒になったからって人のプライバシーを教えないでよ!
「良いではないか、おぬしの魂は既にほぼ女性に近しくなっておる。淑女として日々を過ごしてもおるようじゃし、このまま女性として生きれば良いじゃろう」
「……そう簡単に、諦められないのですよ」
多分、当事者でないペル殿下には分からないだろう……と、こんなことはあまり言いたくないから口にしないけど。
それにしても、やはり私は魂までも女性と化しているのか。このままではいずれ、精神までも完全に女性と化してしまう。そうなれば、男性に戻ることなど考えることすら無くなってしまうのではないだろうか。
悩み倒す私を見かねたように、ペル殿下は「やれやれ」と盛大な溜息を吐いた。
「まあ、〈聖女化〉という奇跡の逆転以外にも、男に戻る方法は、ある」
「……え? 本当ですか?」
「無論じゃ。地竜は嘘など吐かんぞ」
再びお付きの女性へ「そうなんですか?」と視線を送る。……あ、否定している。割とこの王女殿下、いい加減なのかも知れない。
「まあ、この場合、男に戻るという言い方は間違っているかも知れんがのう」
そう言って教えてくれたペル殿下の案は非常にシンプルで、私の瞳からぽろっと鱗が落ちた。
「性別を女性に限定した〈聖女化〉で女性になったのじゃろう? 逆転するからいかんのじゃ。元に戻すのが駄目ならば、男になる術式を使えば良い」
……その手があったか。
◆ひとこと
Q.堕天使と地竜で子供は作れるんですか?
A.作れます。
Q.女同士でも?
A.無理じゃないですかね。
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