第一三七話「現実は、残酷だった」
シャムシエルたちから聞いては居るのだろうけれども、私が男性から女性の身体に変わってしまったさして長くも無い理由を改めて話し終えると、御前の天使ラグエル様は「そうですか……」と溜息を吐いた。
「どうかなさいましたか、ラグエル様?」
「きっと男なのに自分より淑やかなリーファに複雑な思いを抱いているんだろういってぇ!」
あ、テーブルに隠れてはっきりとは見えなかったけれども、余計なことを言ったメタトロン様の右足が、ラグエル様の左足に思いっきり蹴られたようだ。サリエル様が「阿呆め」と呟いている。
……この天使たち、カナン神国のトップに位置する方々だったよね……? コメディアンではないよね……?
ラグエル様は、コホンと咳払いをしてから「実はですね」と切り出した。
「聖女リーファよ、あの〈聖女化〉の奇跡を行使出来る天使が封じられた本を編纂したのは……私なのです」
「えっ……」
あの古代神術の本を編纂したのが、ラグエル様?
……ああ、それでか。以前に同様の本が存在しないかどうか尋ねた時、あっさりと「ありますね」と返されたのは。そりゃね、創った本人だったら知っているでしょうよ。
私は思わずシャムシエルの方を見た。彼女はぶんぶんとかぶりを振って否定している。どうやら知らなかったらしい。
「本を編纂したのは私ですが、能天使シャムシエルを始め、〈聖女化〉の力を神より賜った多くの力天使、能天使たちを封じたのは部下の智天使ですね。私との接点はありません」
あ、そうなんですね。まぁお忙しい御前の天使が一々封印の神術を使っていられないか。
「それにしても……はぁ、まさか〈聖女化〉の奇跡が男性にも効いてしまい、性別までも変えてしまうものだなんて……。一二〇〇年間知りませんでした……」
ショックだったらしく、ラグエル様はこめかみを押さえている。奇跡に副作用があると知っていたら色々と対処の方法も変わっていたのだろう。
「……ちなみに、他にもわたくしと同じく本によって聖女となった存在はいらっしゃったのでしょうか?」
「ええ、居りました。ですが、他の皆さんはほぼ無尽蔵な神気で神術を行使出来るだけで、神の奇跡を行使出来る存在は貴女だけですよ、聖女リーファ」
そ、そうですか。でも魔術師だったら、奇跡を身に受けた瞬間に神へのパスを解析したら使えるようになると思いますよ?
そう伝えると、ラグエル様は苦々しい表情を浮かべた。それについても一年前までは知らなかった事実だし、彼女にとっては青天の霹靂だったのだろう。
「ええ、ですから現在、神国では総力を挙げてその本の回収に向けて動いております。聖女リーファにつきましてはきちんと節度を持って奇跡の行使をされているようですが、そんな方ばかりでもありませんでしょうし」
まあ、そうですよね。神の奇跡とかほいほい使えたら、簡単に国の戦略兵器となってしまうだろう。
ん? 待てよ? スルーしそうになったけど、〈聖女化〉の奇跡についてラグエル様は理解されているって事なんじゃ?
となると――
「あの、ラグエル様、わたくしもラグエル様にお伺いしたいことが御座います」
「は、はい? なんでしょう?」
いつもより真剣な様子が伝わっているのだろう、前のめりな私に対し、ラグエル様はちょっと身体を引いてしまった。
「ラグエル様は、神術をお得意とされているのを存じております」
「ああ、そうだな。神国の大神術師と言えばラグエルとハニエルだな」
メタトロン様が何処か得意気に横からそう口を挟んだけど、「ちょっと黙ってなさい」的な目でラグエル様に睨まれた。でもラグエル様もちょっと嬉しそう。
「ええ、まあ、神術は得意ですが、それがどうかされましたか?」
「はい、〈聖女化〉について仕組みをご存知でないかと思いまして……。仕組みさえ理解出来れば、〈聖女化〉を逆転させることで、わたくしは男に戻ることが出来るのでは無いかと――」
そこまで話した所で、メタトロン様が何やら複雑な表情を浮かべていることに気付いて言葉を止めてしまった。え、何かマズいこと言いました?
「いや……、まぁ、リーファの言う通りだろう。〈聖女化〉を逆転させれば男に戻ることは出来るかも知れんが……」
「……何か不都合がおありでしょうか?」
何故か歯切れの悪いメタトロン様。
「……聖女リーファ、〈聖女化〉を逆転させるということは、元の身体に戻す、ということです」
「え? は、はい、それは理解しております、ラグエル様」
というか、それが目的ですので……何か問題があるのだろうか。
「ラグエルよ、この聖女様は理解していないようだぞ」
何処か面倒臭そうなサリエル様。ラグエル様はと言うと、何かを言いあぐねている様子だった。
「なあ聖女リーファよ。お前はその身体で神の純粋な神気を使い、幾多の奇跡を行使してきたな?」
「……はい」
最早サリエル様が確認するまでも無い。役立つと思い、色々と神の神気を用いた術式を組み上げてきた。それが――
『そんなことは無いと思うぞ、リーファ。神の純粋な神気に当てられれば、ある程度寿命が延びるだろうからな』
ふと、いつだったかシャムシエルに言われたことが頭を過り、私の思考はフリーズした。
「あ…………」
「気付いたようだな」
そうか、私の身体は神の神気を受け続けており、〈聖女化〉を受けた時から別物になっている。
「まさか、この状態で〈聖女化〉を逆転させたら――」
私はそれ以上考えることが恐ろしくなり、言葉を続けることが出来なかった。
でも、サリエル様はその残酷な答えを口にしたのだった。
「身体が耐えきれず、弾け飛ぶだろう」
◆ひとことふたこと
智天使は天使の階級で言うと熾天使に次ぐ第二位です。
神を視覚的に認識出来るのは智天使以上で、とってもスゴイ存在です。
聖女化の奇跡に期待を寄せていたら、とんでもない事実を知り衝撃を受けてしまったリーファちゃん。
このまま女性として生きるしか無いのでしょうか?
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次回は明日21時半頃に更新予定です!