第一三六話「軟禁生活……えーっと、何日目?」
一〇日程経ち私の体力も回復しきったところで、テオドールさん率いるシュターミッツ州第四部隊と一緒に、東のディースブルクへと帰還することになった。
休戦が決まったので、ナビール軍と地竜たちも自国領に撤退している。一時は占領されたアイマー村についても、元通りエーデルブルートの民が戻っているらしい。
そんな訳で、私はディースブルクの迎賓館の一室にて、ぼうっと窓の外を眺めているのである。外の季節は既に初夏へと変わっている。手紙は送ってあるけど、母さんもアンナも元気だろうか。
私の体力はすっかり回復したとは言え、引き続き神術結界の張られた中で軟禁生活をしている。食料品が豊富なディースブルクだし、自由に外で買い物でもしたい所なんだけど……護衛の二人に負担を掛ける訳にもいかないので、基本はひたすらこの部屋でじっとしているだけだった。もうあきた。
「リーファ、入るぞ」
「シャムシエル? はい、どうぞ」
ノックされたドアの向こうから聞こえた声に、私は窓を閉じ、椅子から立ち上がって返答した。
開いたドアの向こうには緊張している様子のシャムシエルとザアフィエルさんの他に……半年ぶりにお目に掛かる巨漢の天使と、こちらはほぼ一年ぶりの白い鎧を着込んだ赤い髪の女性の天使、そして……こちらは初めて見る、メガネを掛けた神経質そうな長髪の男性の天使が居た。
「よう、リーファ。久しぶりだな」
「メタトロン様に、ラグエル様……、お久しぶりです。それと……」
メガネの天使が、鋭い視線をこちらに向けている。恐らくこのお方が――
「初めまして、だな。聖女リーファよ。私は御前の天使が一人サリエル。サンダルフォンと共に神国軍の副司令を担っている」
「はい、初めまして、サリエル様。エーデルブルート王国の聖女が一人、リーファです」
背は私より一〇センチ弱高いくらいだろうか、長い黒髪を持ち、少し細身の身体に軽めの部分鎧を着けている。背中には他のお二人と同じく一二枚の翼があり、右手には刃の部分が折り畳まれた長い柄の機械鎌を携えている。確か事前に聞いていた情報では「死の天使」と呼ばれているそうだし、命を刈り取る鎌がアレなのだろう。
サリエル様はメガネをくいっと上げて、私を上から下までじろじろと眺め回している。……なんとも居心地が悪い。
「サリエル、女性をそんな舐め回すように見るのではありません」
「何を言っている、ラグエルよ。聖女リーファは元々男性なのだろう?」
あ、そのことについてもうザアフィエルさんから聞いているのですか。それでシャムシエルが彼らの横で脂汗を流して居る訳か。
「それでも、今は女性です。弁えなさいな」
「……分かった分かった。聖女リーファよ、すまなかったな」
ラグエル様に窘められて、サリエル様はやれやれと肩を竦めて見せた。あまり態度からはすまなそうな感じを受けないけど、まあ気にすることもあるまい。
「いえ、お気になさらないでください」
私はにっこりと聖女スマイルを返してから、お三方とシャムシエルを応接テーブルへ案内した。私の右隣にシャムシエル、左隣にザアフィエルさんが座り、正面に左からラグエル様、メタトロン様、サリエル様が座る。それにしてもこの部屋を一人で使っているけれど、広すぎて落ち着かないったら。
「さて、リーファ。色々と話すことはあるんだが……、先ずはうちの天使が迷惑を掛けたようで、申し訳ない。マスティマは責任を持ってこちらで処断する。必ず消滅させよう」
「……はい」
メタトロン様が、早速その大柄な身体で頭を下げてそう言った。神国のほぼトップのお方に頭を下げられるなど、もしかしたらこれからの生涯二度と無いかも知れないな……。
「長い間、奴の処遇については神国の中でも意見が割れていてな。天使と人間以外を認めない排他的な観念をしている旧体制派からの擁護があったため、問題があっても放置されていたのが実情だった」
そこまで話して、メタトロン様がちらりと左隣に座るサリエル様を見た。当の本人はと言うと、気付いているのだろうけれども涼しい顔をしている。
……なるほど、サリエル様もその排他的な観念を持っているということなのか。そして彼は御前の天使であり、その旧体制派の筆頭という訳だ。だからメタトロン様たちと一緒にここへ来たんだろうな。
「……だが、今回は流石に事が大きすぎて、擁護も出来ないらしくてな。俺たちが直々にこちらへ足を運ぶことになったと言う訳だ」
「なるほど、理解いたしました。では、ご対応をお願いいたします」
「ああ、終わるまで暫く窮屈な生活が続くかと思うが、少しの間辛抱してくれ。リーファが憑依されたら、お前の母親に申し訳が立たん」
「はい、お待ちしております」
そう言えば、メタトロン様とラグエル様は母さんと会ったことあるんだっけか。その辺りを気にして貰えるのは、ちょっと嬉しい。
「さて、ラグエル、次の話を頼む」
「はい、承知いたしました。……聖女リーファ、貴女が元々男性だというお話なのですが……」
……あ、やっぱりそのお話、されるんですね?
◆ひとこと
メタトロンは神国の天使のトップのうちの一人(もう一人はラドゥエリエル)ですが、トップの存在は神様です。神国ですからね。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!