第一三五話「このときが来てしまった」
「はぁ…………」
私は一人、シャムシエルとザアフィエルさんが張ってくれた神術結界の施された大型テントの中で、疲弊した身体を少しでも休める為に横たわっていた。
あれから数日、マスティマに私自身が身体を乗っ取られないように体力を回復しながら、やっとの事で両軍の取り憑かれた兵士さんたちを巨人の死霊から解放しきったのだ。
取り憑かれた両軍の兵士さんたちは、軍の垣根を越え、私の奇跡を受けるまで拘束された。なお、ナビール軍も大人しく私の奇跡を受けてくれた。彼らはマスティマの呪いを受けていたものの、彼女が肉体的に死んだことで解放されたらしく、命を賭して戦う意味も無いのだろう。近いうちに正式な休戦となるだろうということも聞いている。
「リーファ、大丈夫か」
「これは…………だいぶ堪えているようですね」
「あー…………シャムシエルにザアフィエル様…………。ちょっと駄目です…………」
私はテントに入ってきた天使たちの声に、横たわったままそれだけ返した。このテントは神術結界により悪魔が入れないようになっているので、護衛の任はサマエルさんとアザゼルから、シャムシエルとザアフィエルさんに変わったのだ。
神気こそ使い果たさなかったものの、度重なる奇跡の行使で疲労困憊している為、私はトイレでさえも神術結界が使える二人と一緒に行動する必要があった。何しろマスティマは体力を失っている身体に乗り移る事が出来るのである。私がアイツだったら真っ先に聖女の身体を憑依先に狙うだろう。
「聖女リーファ、二つ朗報があります。……ああ、そのままで結構ですよ」
「はい……、伺います…………」
身体を起こそうとした私を、ザアフィエルさんがやんわりと制してくれた。うう、すみません。
「一つ目は、ナビール王国がエーデルブルート王国に休戦を申し出ました。どうやら国王がマスティマに従属の呪いを受けており、半分傀儡となっていたようですね」
ああ、やっぱりそうなのか。一人の天使が国王に呪いを施しこのように大きな騒動を起こしたのだし、カナン神国の責任は免れ得ないだろうなぁ。
「二つ目は、今回の騒動を受けて神国より御前の天使メタトロン様、サリエル様、ラグエル様がこの地へ向かっております。メタトロン様の指揮とサリエル様、ラグエル様の神術があれば、マスティマの捕縛も遠くないでしょう」
「……そうですか…………」
ここに至ってもザアフィエルさんは捕縛に拘っているのか。まぁ、サリエル様の命令なのだろうし、そこは違えることも出来ないのだろうね。でも死霊をどうやって捕縛するというのか。その辺魔術師としては興味がある。
「それで、ですね、聖女リーファよ。一つ伺いたいことが御座います」
「…………はい?」
何やら神妙な様子のザアフィエルさんに、側で緊張している様子のシャムシエル。一体何について聞かれ――
「貴女の正体が男性だというのは、本当でしょうか」
「………………」
すっかり忘れてた。ザアフィエルさんにもバレていたんだった。
ここには通信用魔道具も無い為、陛下にお伺いを立てることも出来ない。……とは言え、もうバレているから取り繕っても仕方ない訳で。
「……はい、実は――」
観念した私は、一人の少年が聖女となった経緯を語り始めたのだった。
「なるほど……、聖女化の奇跡で肉体まで女性に変化してしまったのですね」
私から経緯を聞いたザアフィエルさんは、内容について納得したのかうんうんと頷いている。彼女だけでなく多くの人にもこれまで女性として接していた為、何となく気恥ずかしい。
「あの……ザアフィエル様、この事について、神国には……?」
「……大変申し訳ないのですが、伝えることになります。聖女化の奇跡による弊害がある、ということが分かりましたので……。一〇〇〇年前までは、このようなことも神国が気にすることは無かったのでしょうが」
ああ、そうか。その頃から神国は傲慢な方針を転換したんだよね。だとすれば、第二、第三の被害が出ないようにするのも理解は出来る。
「それにしても……貴女が元男性だとは今でも信じ難いですね。普段の立ち居振る舞いも淑女のそれですし」
「お母様に仕込まれましたので……」
感心するザアフィエルさんに、私は寝転んだまま遠い目をして見せた。四日で仕込まれました、はい。
「ザアフィエル様、シャムシエルには口止めをしておりましたので、彼女の処遇には寛大な措置をお願い頂けますでしょうか」
「はい、勿論です。エーデルブルート王国の聖女として認められてしまった為、迂闊に正体を明かす事が出来なかったのですよね。御前の天使にもそのように陳情いたします」
シャムシエルを超える生真面目かと思っていたけど、理解の良い方で良かった。私の所為で堕天させられたら申し訳ないものね。
「ありがとうございます、ザアフィエル様。リーファも、ありがとう」
「いえ、感謝するのはわたくしの方ですよ、シャムシエル。こちらの都合で神国へは黙って頂いていたのですから」
申し訳無さそうなシャムシエルにそう返すと、二人で苦笑してしまった。シャムシエルもよく神国に背くような真似をしてくれたものだ。それを思えばもっと早くメタトロン様やラグエル様には伝える必要があったのかも知れない。
◆ひとこと
リーファちゃん、ついにゲロってしまいました(笑)
年貢の納め時という奴です。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!