第一三四話「始まったゲリラとの戦い」
テオドールさんのロングソードは、私を綺麗に袈裟懸けで斬り裂いた――筈だった。
しかし、私の肌に届いた剣は、まるで岩に斬りつけたような音を響かせただけで、流血はおろか全く痛みを感じなかった。あれ?
「くっ……、この手応えは、一体……!?」
「グラーツ部隊長、何をなさっておられるのですか!」
乱心のテオドールさんは剣を取り落とし呻いており、お付きの兵士さんたちに拘束されていた。一体彼に何が……?
「やれやれ、一応はおぬしも恩人じゃからのう、妾が手を貸してやるわ。ほれ、中身が女でないとは言え、男共の前で何時までもそんな格好をしておるでない」
「え……、って、わわっ!」
無傷だった私だけど、ペル殿下の言葉でやっとお気に入りのワンピースが切り裂かれて上半身の肌が露わになっていることに気付き、慌てて杖を持っていない方の手で胸を隠した。とやっていた所、ふわりと誰かの上着が掛けられた。
「まったく……。女でないとか何とか、後できちんと話を聞かせて貰うぞ、聖女リーファ」
「ア、アザゼル……、ありがとうございます……」
上着を脱いだアザゼルが、溜息を吐きながら私に釘を刺した。女じゃないと分かってもこの辺りは紳士的に振る舞ってくれてるらしい。うう、このイケメン悪魔にも申し訳ないことをしたなぁ。番になるとか何とか言ってたしなぁ。内心すっごい後悔してるだろうなぁ。
「あのう……先程は殿下がわたくしを助けてくださったのですか?」
「うむ、斬られるであろうということは分かったのでな。硬化の魔術でおぬしの肌を一瞬岩へと変えたのじゃ。……ああ、礼は良いぞ。すべて終わってからじゃ」
魔術……って、詠唱はおろか、発動の言葉すら無かったような……? これが古竜の王族の力という訳なのか。御前の天使すら遙かに超えた力を持っているような気がするけど、そんな存在がどうして攫われたりしたんだろう……。
「さて、そこな騎士よ。貴様、中身は先程までここに居たマスティマとやらじゃな?」
え、そうなんですか殿下? というか、なんでそんなことが分かるんです?
「……ああ、そう言えば、魂の色がお分かりになるのでしたね……」
「うむ、その通りじゃ。一人の肉体に二つの魂が入っている上に、先程見ていた色と全く同じじゃからのう」
そういうことなのか。ということは、マスティマは……?
「……自身を、死霊へと変えたか」
「……あらあら、もうバレてしまいましたのね。そうですわよ、アザゼル」
拘束されたまま強面でころころと笑うテオドールさん……いやマスティマ。その顔で淑女の言葉を使うのは、はっきり言って違和感スゴイ。
「わたくしは前の肉体が万一死しても死霊として留まれるように、自身へ呪いを掛けておりました。死してなお神のために身を粉に出来るのですから、幸せなことですわ」
「身を粉にするのは取り憑かれた方じゃん……」
サマエルさんの冴えた突っ込みが入った。死霊は誰かに取り憑かない限り物理的に影響を与えることが出来ないからねぇ。
でも、こうして死霊となったのならばやることは一つだ。ここで存在を消し去ってやる。
「主よ、迷える御霊を正しき道へと導き給え――〈明けの明星〉!」
マスティマがこれ以上何かを行う前に、素早く取り憑いた死霊を強制的に昇天させる奇跡の術式を展開した。淡く青い光が生まれ、私を中心として包み込むように広がる。
「……はっ? あれ? 聖女様に……皆様?」
あ、光が消えるよりも早くテオドールさんが帰ってきた。自分が何故本陣でなく私たちの所に居るのか、何故拘束されているのか、焦った様子でキョロキョロと周りを見回している。
「……成功した、のでしょうか?」
「いや……どうやら、逃げられたようじゃのう。一足先に魂が出て行くところが見えたわ」
ペル殿下が、私の楽観をあっさり否定した。手応えが無いと思ったら、やっぱりかぁ。
「聖女リーファ、マスティマが何処へ逃げたか特定することは可能ですか?」
ザアフィエルさんが、一応といった様子でそう尋ねてきた。
でもねぇ、私が今何もしていないことでたぶんお分かりだと思うのですが、探知の奇跡は無いのですよ。
「探すのであれば、〈魔力探知〉の魔術を使用する必要があります。……ですが、ここは戦場で、大勢の兵士の皆様がいらっしゃいます。使ったところで、位置の特定は難しいでしょう」
「そうですか……。マスティマの居場所を探すのも一苦労、そして、誰かが憑依されて味方を攻撃してくるかも知れない。これは……厄介なことになりましたね……」
まぁ、体力の落ちた人とか、精神が不安定になっている人じゃないと憑依は出来ないけどさ。でもこれだけ多くの兵士さんが居れば、合致する人は出てくるよねぇ。現に、向こうから憑依された一〇〇人と一一頭がこちらへ向かってきているくらいだし。
「リーファちゃん、あっちから来る巨人の死霊に取り憑かれた兵士も何とかしないといけないんだけど、どうにか出来る?」
「……先程も申し上げましたが、難しいです。神気を使い果たす勢いで奇跡を展開すれば、もしかすると対応は可能かも知れませんが」
「リーファちゃんが倒れちゃうのは危ないなぁ」
サマエルさんも分かっているのか、どうしようも出来ない事態に唸っている。そうなんだよね。神気を失って男に戻る可能性があるのはもう構わないんだけど、問題はマスティマが何処かから虎視眈々と機会を窺っていることだ。私が倒れてしまったら、マスティマへの対抗手段が無くなってしまう。
こうして私たちは、マスティマ自身を含めた死霊たちに翻弄されることとなったのだった。
◆ひとことふたこと
>お気に入りのワンピース
>お気に入りのワンピース
みんな大好きルシファーは、別名「明けの明星」「宵の明星」でもあります。
実際「明けの明星」を英訳すると「Lucifer」になります。
もはや語るまでも無く有名な天使であり堕天使ですが、実は堕天使だというのは聖書の誤読に始まったという説があるようです。
だとしたら最も有名な堕天使は冤罪だったということに。ひー。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!