第一三二話「やば、バレた」
「あ、戻ってきたー。ちょっとこれ、なんとかしてよー」
丘の上に戻ると、先に戻っていたサマエルさんが珍しく泣き言を上げていた。
見れば、先程助けた竜人の王女殿下が、サマエルさんの腰にべったりとしがみついている。それはもう、べったりと。サマエルさんを見上げる殿下の金色の瞳にはハートマークが浮かんでいる……ように見える。
「……どうなさったのですか、それは」
「懐かれた……」
えぇ……。いや、まぁ、ペル殿下にとっては助けてくれた張本人なのだし、分からなくもないけど。
地竜の王女であるペル殿下は、私よりも背が頭一つ分低く、その可愛らしい顔からして一二歳くらいといったところだろうか? まぁ、竜なので正確な年齢は分からないけれども。真っ直ぐ伸びた美しい黒髪を腰まで下ろしており、浅黒い肌はサマエルさんのそれよりは薄い感じがする。監禁生活だった為か、粗末な貫頭衣を着せられているのがちょっと可哀想。
「申し訳御座いませんが、お話を伺っても宜しいでしょうか、ペル殿下」
跪いて古竜語で問い掛ける私に対して、サマエルさんに頬擦りしていたペル殿下は「ん?」と訝しげな表情を浮かべた。
「なんじゃおぬし、妾とお姉さまの愛の時間を邪魔するのか」
いやお姉さまて。サマエルさんの顔が引き攣っている。
あれ? というかエーデルブルート語だな。わざわざ古竜語で話しかける必要は無かったのか。この辺り、王女として英才教育を受けているという訳なのか。
「い、いえその、未だ敵軍とは交戦中故、彼女を解放して頂けますようご容赦の程をお願いいたします」
「ふむ、まぁ良かろう」
あ、納得してくれたよ。まだサマエルさんにべったりくっついているけど。
「ペル殿下、この度は大変お辛い思いをされたこと、心中お察しいたします。不躾ながら殿下にナビールの魔術的な契約が施されていないか確認させて頂きたく、探知魔術を行使することをお許し頂けますでしょうか」
「うむ、許す」
あっさり許可が出た。小さな胸を反らした尊大な態度が何とも可愛らしい。
私は「失礼いたします」と言ってから、自分の額をペル殿下の額に合わせた。……うん、たぶん大丈夫だろう。
「恐らく、大丈夫でしょう。念の為に後で解呪の奇跡を使わせて頂きますが、今はまだ敵軍に数頭地竜の皆様がいらっしゃいますので、先に彼らの解放に向かいたいと思います」
「………………」
あれ、黙っちゃったよ。それに何か呆れたような視線を向けられている。
「解呪、と言うたか? 如何様にして解呪すると? 魔術契約にて縛られておる存在は、契約者の同意が無ければ解除出来んであろう?」
あー、まあ、そうなんですけどね、普通は。
「ペル様、リーファちゃんは神の奇跡が使える聖女様なんだよ。だから今あっちで大暴れしてる地竜たちも、さっき解放してあげたからああしてナビール側を攻撃出来てるの」
サマエルさんが指し示した方向には、エーデルブルート側に寝返ってナビール兵を薙ぎ倒している八頭の地竜たちが居た。最早敵の陣形も瓦解しており、大混戦になっている。
「神の奇跡……じゃと? 真か、少女よ、いや……」
なんかまじまじとペル殿下に見つめられた。金色の瞳はまるで見る者を惑わせてしまうような、不思議な魅力がある。
「……おぬし、本当に女か? 魂の色がやや男寄りに見えるが」
「………………」
魂の色、ですか? え? 古竜の王女様はそんなものが分かるの?
後ろでアザゼルが「は?」と声を上げたような気がする。えーと、マズい。殿下には私の中身が男だってバレているらしい。
「……わ、わたくしのことについては後程説明をさせて頂きますが、先ずは地竜たちの解放に向かいます!」
慌ててその場を取り繕い、長杖を持って立ち上がる。きっとこの時点でペル殿下の中では答え合わせが出来たのだろう。金色なのに白い目を向けられており視線が痛い。サマエルさんがお腹を抱えて笑いを堪えているし、もう泣きたい。
「その必要は御座いませんわ、偽りの聖女リーファ」
さあ戦場へ戻ろうとした所へ突如上空後方から聞こえた声に、振り向く。この声は――
「ごきげんよう。貴女たちはここで死ぬのですよ、聖女リーファに、アザゼルよ」
「……マスティマ!」
声を上げたアザゼルが見上げた先、丘の上空五メートル程の所。
今回の元凶である隻腕の悪魔の天使が、不気味な笑みを浮かべて佇んでいた。
◆ひとこと
【悲報/朗報】リーファちゃん、アザゼルに男だとバレる
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