第一三一話「こちらには敵が予想していない新たな要素があったのだ」
※リーファちゃんの視点に戻ります。
「どうやら、風が収まってきたようですね」
耳を塞いでいたにも関わらず、サマエルさんの合図である〈閃光弾〉はそれでも頭の中に大きな音を響かせた。アレを間近でまともに聴いてしまったナビール軍では、鼓膜が破れた人が居てもおかしくないんじゃないかな……。
時間にして一分も経っていなかったであろう、突如発生した嵐は偶然の産物では無い。これは暴風を操る天使ザアフィエルさんが、大神術で起こしたものである。
私はナビール軍の通告に従ってナビール軍の伝令さんの後ろからサマエルさんとアザゼルを連れてついて行ったのだけれども、大人しく捕まるつもりなんて毛頭無かった訳で。きちんと王女様を奪還するための作戦を展開していたのでした。
「リーファちゃん、任務達成したよん」
「サマエルさん、お疲れ様でした。その子を連れて後方へ下がってください。私とアザゼルは作戦の次の段階に入ります」
「あいあいさー」
得意気な顔で私とアザゼルの元へ飛んで戻ってきたサマエルさんは、気を失っている竜人の少女を抱えていた。どうやら地竜の王女ペル殿下は無事に救い出せたご様子。
サマエルさん、というか、私たちがどうやって地竜の王女様を救い出したのか、作戦はこうだった。
まず出来るだけ人質まで近づけるように、大人しくナビール軍の言うことを聴いた振りをして伝令さんの後ろについて行った。
そのタイミングで、ザアフィエルさんに広範囲の嵐を起こして貰い、砂埃で彼らの視界を奪ったのだ。
暴風の中でも普通に飛べるサマエルさんが敵陣の中央へ一気に近づき、敵将を落馬……じゃなくて落竜させ、人質を救出したというわけだ。その後は〈閃光弾〉でザアフィエルさんに合図を出し、風を止めて貰った、と。
「ふむ、人質が居なくなったことに気付いてマスティマが怒り狂っているようだな」
うん、少し距離があるものの、アザゼルじゃなくても見える。何やら喚いている声は聞こえないけど。
「さて、次も上手くいけば良いが」
「そうですね……。では、作戦通りに参りますか」
アザゼルと二人で呑気にそんなことをのたまってから、私は再び彼にお姫様抱っこされた。……この格好は不本意だけれども、詠唱のタイミングで息が上がっている訳にもいかないので仕方ない。
「では、行くぞ」
短い言葉と共に、アザゼルは私を抱えたまま敵から方向転換して自軍へと駆けだした。アザゼルは後ろを向いているため見えないだろうけど、抱えられている私は彼の後方が見える。アザゼルと私を逃がすまいと慌てて両翼から地竜を駆る竜騎士を含む騎兵たちが出てきたところが。
「アザゼル、一〇秒後に下ろしてください。そこで詠唱を始めます」
「承知した」
このままの速度であれば、三〇秒くらいでアザゼルは追いつかれるだろう、たぶん。
だがそもそも、アザゼルは飛べる。敵側は飛べないので、逃げるのであれば私を抱えたまま飛べばいいだけだ。
つまりこれは逃走ではない。釣りなのだ。
「……今です、下ろしてください」
走り続けてきっかり一〇秒後にそう告げられ、急停止したアザゼルはその場に私を下ろしてくれた。私は急いで敵側に向き直り、長杖を構える。
見た感じ、順調に敵の両翼から地竜八頭を含めた騎兵たちが集まってきている。ここで使う奇跡は勿論、アレだ。
「主よ、憐れな贖罪の山羊を救い給え――〈祝福があるように〉!」
少し範囲を広げた解呪の奇跡が、隷属の呪いを受けた地竜たちを包み込んだ。地竜たちは強制的に契約を剥がされる時の苦痛に暴れ、騎乗している騎兵たちを振り落としていく。
そうして前線での仕事を終えた私たちは、残りの戦いを一旦兵士さんたちに任せることにして、後方へ下がる事にしたのだった。
◆ひとことふたことみこと
〈閃光弾〉はサマエルが独自に編み出した魔術、いわゆるフラッシュボムという奴です。
砂埃であまり見えませんでしたが、光も発していました。
鶴翼の陣は中央に突撃した敵を包囲出来るという利点がある訳ですが、ザアフィエルはそれを逆手に取って、逆にリーファちゃんが地竜を迎撃する作戦を立案したのです。
ナビール軍は思いっきり釣られクマー。
すっかりアザゼルとのコンビに慣れてしまったリーファちゃん。
嫁だな(笑)
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