第一三〇話「幕間:嵐は突然訪れた」
※三人称視点です。
戦争は両側の描写が必要となるため、ころころと幕間が入ってしまいすみません。
夕日を背にして進軍していたナビール王国軍東方第二部隊は、目的地である丘の斜面を登り切ること無く停止した。東方第一部隊の反省を踏まえ今回は第二、第三部隊を合流させた大部隊とし、地竜を左右、中央に分散させた鶴翼の陣で臨んでいた。
「エーデルブルートの聖女は来るでしょうか」
この部隊の部隊長であるハルブは、油断なく前方を睨み付けたままに左隣のマスティマへと問いかけた。彼女がもちかけた、地竜の王女を人質として用いるという作戦について彼は懐疑的であった。何しろエーデルブルート側には地竜に対して助ける義理など無いのだから、このまま射かけられてもおかしくはないのだ。
そんな彼の疑念を他所に、マスティマはくつくつと含み笑いをして見せた。
「ええ、ええ、来ますとも。聖女リーファは生粋のお人好しですから。誰かの為にその身を差し出すことなど厭わないでしょう」
「……そうですか。ですが、周りがそれを許すかどうかは別問題だと思いますがねぇ……」
「その時はその時です。その子を殺す……までゆかなくとも、手足の一本でももいで差し上げれば宜しいですわ。そうすれば、我が軍の地竜たちも本気で働かざるを得ないでしょうし」
笑顔でそんなことを嘯くマスティマに、ハルブは薄ら寒い物を覚えていた。幾ら人質とは言え、無抵抗の者の手足を奪う趣味など、彼には無い。
ハルブは魔道具の縄で縛られ気を失ったまま鞍に転がされている竜人の少女を眺める。年の頃は一二歳くらいで、ナビール人と同じ浅黒い肌と美しい黒髪を持っており、彼は少女を自分の娘の面影と重ねていた。
(……いかんな、私はここを与かる部隊長だというのに、エーデルブルート軍がこの娘を助けに来てくれることを期待してしまう)
第一部隊のナジュムと同じく、彼ら軍人は地竜を運用することなど始めから反対だったのである。そもそも昔から地竜たちはナビールと友好的な関係を築いていた。敵国に対して翼竜での侵攻が難しくなったためにその力を利用しようなどと考えたのは現場の者たちではない。安全地帯の王都で暮らすお偉方であり、意識の違いが大きいのだ。
「伝令がお戻りのようですわね」
意識を遠くに彷徨わせていたハルブは、マスティマの言葉にハッと正面へ視線を向けた。
そこには先程エーデルブルート軍に通告の文を持って行った伝令兵が、ハルブたちが居る鶴翼の中央へ戻ってくる姿があった。そして――
「……伝令の後方でこちらへと向かって歩いているのは、聖女リーファ、か……?」
このような戦場にあって一際目立つ清楚な白のワンピースを着込んだ少女が、伝令兵の後ろからハルブたちの方へとやって来ている。彼女の右隣には弓を背負う狩人風の女性、左隣には黒服を着込んだ長身の男性がそれぞれ脇を固めていた。
「まあ! 憎きアザゼルまで来てくれたのですね! これは予想外でしたが、嬉しい限りですわ! まずはわたくしと同じく腕を奪って差し上げなければ!」
隣で狂喜しているマスティマを半目で睨み付けながらも、ハルブは内心で地竜の王女を傷つけずに済むことを敵国の聖女に感謝していた。
「……ん? 風が出てきたな……」
つい先程まで無風状態だった戦場に風が生まれ始めたことに気付き、ハルブは声を上げた。それは段々と強くなり、一〇秒も経たぬうちに地上の砂が舞い上がる位の勢いにまで化けてゆく。
「いかん、視界が……」
砂埃があっという間に彼らの視界を奪い去り、前方に居る筈の聖女はおろか、近くに居る筈の伝令兵の姿すらも把握することが出来なくなっていた。
「……ハルブ部隊長! 竜の娘を――」
「え?」
荒れ狂う風の音を縫うようにしてマスティマの声がハルブに届いたが、彼は最後までそれを聞き遂げることが出来なかった。
何者かに強く突き飛ばされた彼は落竜していたのである。
「ぐっ!」
ハルブは高い場所から受け身も取れず強かに背中と頭を強打し、苦悶の声を上げた。幸いにして鎧と兜が守ってくれた為に、大事には至らなかったが。
「い、一体、何が……?」
「さあさあみんなお立ち会い、でっかい花火を見ておくれ、〈閃光弾〉!」
砂埃に視界を閉ざされたハルブが手探りで地竜の元へと戻ろうとしたところ、彼の耳に何者かの魔術の詠唱が聞こえた。
そして次の瞬間、ナビール兵たちの耳をつんざくような大轟音が空から鳴り響いたのだった。
◆ひとこと
何者か()の介入を受けてしまったナビールの将軍。
卑怯という言葉の意味を教えてもらうことになりました(笑)
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次回は明日21時半頃に更新予定です!