第一二九話「卑怯という言葉の使いどころを教えてあげたい」
向かってから五分程度で、アザゼルはシャムシエルとザアフィエルさんを連れて戻って来た。
「リーファ、マスティマが敵軍に居るというのは本当か?」
「はい、シャムシエル。あちらに見える敵軍の、中心に居る大きな地竜に乗った隻腕の女性がそうです」
私がそう指し示すと、二人は目を凝らして西方を望み、「間違い無い」と声を揃えて呟いた。
「しかもその隣には人質らしき少女が居るな。テオドール殿、あの少女に心当たりは?」
シャムシエルも気付いたらしい。そして人質(竜質だけど)であることも察したらしい。
「いえ、御座いませんが……サマエル殿の言うことでは、地竜の王女ではないかと」
「……なるほど。ならばこちら側に初戦の地竜が居る以上、慎重にならなければいけないな」
うん、このまま竜質を無視して攻撃を仕掛ければ、先日仲間に引き入れたダダくんたち地竜三頭の反感を買いかねない。いや、買うだろう。間違い無く。
そんな風に状況を確認していると、馬に乗った敵軍の騎兵が一騎、こちらへと駆けてきた。恐らくは戦いの前の通告に来たのだろう。
応対したこちらの兵士さんが何やら文を預かり、この場の責任者であるテオドールさんの元へと持ってきた。
「ナビール側は何と?」
私の質問に、テオドールさんは小さく溜息を吐いた。どうも彼が呆れるようなことが書いてあったらしい。
「『偽りの聖女リーファを引き渡せ。さもなくば貴殿等は地竜に蹂躙されることになろう。なお、我が軍には先日貴殿等が卑怯にも強奪した地竜族の王女を預かっている。抵抗すれば彼女の無事は保証出来ない』……だそうです」
「人質をとっているのに卑怯とは、どの口が言えたのか分からんな」
「まぁ、ナビールはいつもこのような感じです」
肩を竦めるアザゼルとテオドールさん。私も同感です。
「で、どうするん? 出来ることと言ったらリーファちゃんを引き渡すか、人質に構わず応戦するかの二択のようなものだけど」
「……冷徹に意見を言わせて頂きますと、後者ですが。しかしそれをしてしまうと、エーデルブルート王国の汚点にも成りかねませんな」
サマエルさんの軽口に、困ったように頭を掻くテオドールさん。地竜はテオドールさんを含め、部隊の皆さんには本来関係の無い存在ですものね。でもそうだとしても、未来に禍根を残すようなことはしたくないよね。
「なら、リーファちゃんを引き渡す?」
「それはもっとあり得ませんな。第一に敵の要求は飲んではいけない。次の無茶な要求が来るだけです」
「なら、抵抗するしか無いよね。とは言え最初からアタシはそのつもりだけど」
そう言って、サマエルさんはいつも通り何処からか魔弓〈魔弾の射手〉を取り出した。地竜の肌に効くかどうかは分からないけど、普通の動物だったら射貫かれたところで身体が弾け飛ぶヤバい弓だ。
「サマエルさん、もしやあの人質を連れている敵将らしき人物を射貫くおつもりでしょうか?」
「うん、そのとーり」
「マスティマが隣に居ます。恐らくそれを見越して隣に控えているのでしょう。将を射殺したら、彼女が王女殿下に手を掛けかねません」
「まーそこは賭けだよね。でも完璧な手は思いつかないよ。何かを犠牲にしないと進めない時もあると思うよ、リーファちゃん」
うう……、でも、誰の代わりに犠牲になるかと言ったら、私の代わりな訳で。それを許容するのは判断に苦しむんだよ……。
「あの、サマエル様、宜しいでしょうか」
「うん? 何? ザアフィエル」
珍しくザアフィエルさんがサマエルさんに物申している。アザゼルは兎も角、この力天使様とサマエルさんとの間には繋がりは無かったらしいのだ。
「サマエル様は高速で飛翔することを得意としておられると伺いました。それは悪天候でも変わらないと考えて良いでしょうか?」
「うん……? どういう意図の質問なのか分からないけど、普通に飛べるよ? そんなの慣れてるし」
慣れでどうにかなるのか。師匠なんてそよ風レベルでもバランスを崩すって言っていたのに。流石は生まれた時から飛べる存在だ。
「なるほど。ならば……私に良い案が御座います」
そう言ってザアフィエルさんが語った作戦に、私たちは「それだ!」とばかりに食いついたのだった。
◆ひとこと
またも人質をとられて悩まされるリーファちゃん。
有効な手ですからね、仕方ないです。
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