第一二八話「再びのナビール軍は、秘密兵器を持って来た」
「皆様、お待たせいたしました。遅くなりまして申し訳御座いません」
サマエルさんと私がすぐに身支度を調えて西方が見渡せる丘の上へと向かうと、既にテオドールさんを含め各隊の隊長さん方が揃っていた。流石訓練されている軍人だ。招集が掛かってから集まるまで迅速だね。
「いえ、丁度今し方集まった所です。早速ですが状況の確認をしましょう」
テオドールさんはそう言って、西の方へと視線を向けた。私も遙か西方を望むと、そこには確かに敵の一個大隊が左右を前線として大きく広がった鶴翼の陣を展開し、夕日を背に我々の居る東の丘へとゆっくり前進していた。
「まさか夕方に攻め入って来るとはな。奴らは夜目が利く訳でもあるまいし、何のつもりなのやら」
テオドールさんの言葉の通り、魔術の明かりもあるので夜間は攻める側にとって特に都合が良い訳では無い。敵の方が斜面の下側なのだし、視界が悪い状態でこちらが矢を射かければ一方的に戦えることを考えると、こちらにとって都合が良い状況なのだが……。
「そう考えると、何か奥の手を持っているのかも知れませんね。実は夜目が利く状態になっているなど」
「まぁ、奥の手の可能性は十二分にありますが、夜目が利いたからと言ってもこちらが有利なのは変わらないでしょうし…………む? あれは一体……?」
テオドールさんが訝しむような声を上げたかと思うと、敵軍の中心辺りを指さした。私もつられてそちらに視線を向ける。
そこには、一際大きな地竜に騎乗した、隻腕の女性……のように見える。鎧も着けておらず黒いドレスで、なんとも場違いな姿だ。
「あれは……」
「マスティマ、だな」
目を凝らしてもその女性の顔が見えない私に代わり、アザゼルが答えを教えてくれた。ああ、やっぱりあの悪魔が関与していたのか。
「あー、確かにミスティだった頃の面影はあるけど……なんとも変わり果てた容貌になってるねぇ。荒んでいるというか」
サマエルさんも見えるらしい。流石は悪魔の上に狩人である。
「アザゼル、シャムシエルとザアフィエル様を迎えに行って頂けますか?」
「承知した」
私のお願いに一瞬で一二枚の黒い翼を広げたアザゼルは、さっさとシャムシエルたちが控えている後方へと低空飛行で向かった。マスティマが介入していることが分かったので、天使の二人にも動いて貰わなければ。
「聖女様、マスティマというのは……例の天使、ですか?」
「はい。先日お話しいたしました、カナン神国の天使です。どうやら彼女がナビール王国に介入していたというのは事実のようですね」
「なんと……。ではこの戦い、天使をも相手にしなければならぬという訳ですか」
テオドールさんはいつもの怖い表情のまま身震いをしている。天使などとは戦ったことが無いからだろうねぇ。でも、ちょっと訂正しておきたい。
「マスティマは位こそ天使ですが、堕天している身です。悪魔と考えた方が良いですね。強力な呪いの魔術を使いますので、迂闊に近づかぬようお気を付けください」
「呪い、ですか……。しかしそうなると、どう攻略したものか。厄介ですな」
「そんなん、矢を射かけちゃえばいいんじゃない? なんならアタシが――」
悩めるテオドールさんに対して西方を眺めながら呑気な調子でそう言いかけたサマエルさんが、言葉を切った。
「……アイツ等……、そういうことか……」
何やらサマエルさんが不愉快そうな声を上げた。普段はあまり聞かないような、吐き捨てるような感じの声だ。
「そういうこと、とは? 何か分かったのですか?」
「リーファちゃん、マスティマの左隣を見てみな」
左隣、というと、同じように地竜を駆る、上等な鎧を着込んだ将軍らしき男性が居る。
そして彼は、黒い縄のようなもので縛られた女の子を一緒に鞍へ乗せていた。遠間でよく見えないけれども、小柄だし一二、三歳くらいだろうか? マスティマの姿と言い、この戦場にそぐわないような存在である。
そして女の子の頭には左右に一対の角のようなもの、そしてお尻には太い尻尾が生えており、人間で無い存在であることが分かる。見たことが無い亜人だけど、一体何の種族だろう。
「あれは十中八九、地竜の王女様だろうね」
「えっ?」
地竜の王女様って……ダダくんが言ってた、ナビール軍に攫われたっていう王女様?
「地竜族の王女殿下ですのに、亜人なのですか?」
「優れた古竜は人化の術も使えるんだよ。まぁ、この状況で人化している理由も無いだろうし、たぶん魔術契約か何かで強制されたりしてるんじゃないかな」
そ、そんな術が使えたのか、古竜って。私もまだまだ知らないことが多いなぁ……。
しかしそうなると――
「人質……ならぬ、竜質、というわけですか」
「たぶんね」
つまり「我々に攻撃を仕掛ければ王女様の命は無いぞ」という意思表示か。恐らく私たちが地竜を傷つけずに引き入れたことを知り、竜質が有効だと判断したのか。それと同時に、今度は地竜たちが裏切れないようにしているのだろう。
さて、そうなると……本当にどうやって戦えばいいのか、私にも分からないな……。
◆ひとこと
シャムシエル「アザゼル殿……頬に手のひらの跡がついているが、どうしたのだ?」
アザゼル「気にしないでくれ……」
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